Play to Earnは“トロイの木馬”か?~to Earnの現在地と可能性~
昨年、Arcanum VenturesというクリプトVCのファウンダーの方が「Play-to-Earnはトロイの木馬」という記事を書いていて、非常に興味深く読みました。
今回、その内容を導線に、Play to Earnの現在地と今後の展開可能性について、まとめてみたいと思います。
Play to Earnはトロイの木馬?
ざっくり言ってることは「Play to Earnは分散化とかブロックチェーンのマスアダプションの最初の過程(=トロイの木馬)でしかなくて、その先の本命は別にある」みたいなことですが、全体の論旨を要約してみます。(以降、Play to Earnは「P2E」と書きます)。
現状のP2Eについてはかなりネガティブなスタンスをとっていますね。
ここでは、P2Eはあくまで進化の一過程であって、その先にあるのはクラウドソーシングという文脈で様々な産業にX to Earnを適用することだ、という見方がされています。
本文中で例に挙げられるDuoLingoはto Earnのサービスではありませんが、実際にこれに近い発想のX to Earnは様々な事例が出てきています。
2つ例を挙げてみます。
【事例①】Fix to Earn「TEKKON(テッコン)」
TEKKONは、Whole Earth FoundationというNPO団体が提供する、インフラ老朽化の課題解決を目的とする社会貢献型位置情報ゲームです。
公式ページでは「市民が地域コミュニティのインフラの修復を支援することで、ソーシャルグッドを促進するWeb3アプリ」と紹介されています。
仕組みは、ユーザーがマンホールや電柱などの写真を撮影・投稿、もしくは、投稿された写真をレビューすることで、トークンを獲得できる、というものです(正確には、獲得したゲーム内ポイントを暗号資産「Whole Earth Coin(WEC)」に交換する形)。
2022年時点で全世界173万件のマンホールデータを集めているとのことです。
TEKKONは以下のように、ユーザーからアプリを通じて収集したデータを自治体やインフラ企業に販売することでエコシステムを回す構想を持っています。
創業者の加藤氏はインタビューの中で、TEKKONを使うことで渋谷の下水道のマンホール1万500基をたったの3日で撮影し終えることができた、行政がやるよりもはるかに効率がいいはず、という趣旨の発言をしています。
参考:https://storynews.jp/story/whole-earth-foundation/
これはまさにto Earnをクラウドソーシングに活用することで、既存のやり方(行政主導の調査)よりも費用対効果がはるかによい方法を見つけ出そうとしている取り組みといえると思います。
【事例②】Drive to Earn「Hivemapper」
Hivemapperは、to Earnの仕組みを活用した分散型のアプローチによって新しいオープンソース型の地図を作る、というプロジェクトです。
仕組みは、専用のダッシュカメラを購入し、そのレコーダーをつけた状態で車を運転して撮影することで報酬としてトークン(HONEY)を得られる、というもの。
・ダッシュカメラは現在二種類あり、Hivemapper Dashcamが549ドル、より小型のHivemapper Dashcam Sが649ドル
ダッシュカムで撮影された映像を集めることで、Google Mapよりも頻繁に(リアルタイムで)アップデートされる地図を作ることが目的です。「Google Mapのweb3版」といえるかもしれません。
参考:https://note.com/pronftgamer/n/n96fe9847c8cc
トークノミクスとしては、運転して動画データを提供してくれたユーザーにHONEYを配布する一方で、地図データの利用者にMap Creditsと呼ばれるUSドルとペグされたユーティリティトークンを購入させ、それを原資にHONEYトークンをバーンすることで価値を維持する、というサイクルを計画しています。
まだプロジェクトが動き出して間もないこともあり、現在どの程度うまくいっているのか不明ですが、Google独占の地図市場をX to Earn×分散型アプローチで置き換えようとする方向性は筋がよいように思えます。
X to Earnと相性がよさそうな領域
ここで少し引いて、現状出てきている事例をベースにX to Earnと相性がよさそうな領域を考えてみると、以下のような条件があげられるのではないかと思います。
こうしてみると、STEPNに代表されるM2Eはやはり非常に相性がよさそうです。
①「健康」という大きくてわかりやすい社会課題
②医療費や介護費の負担が重い政府や自治体が何とかしようとしているが、(たぶん)あんまりうまくいってない
③お金もらえるなら人は喜んで歩く
実際、STEPNと並んでM2Eとして有名なsweatcoinは、NHS(英国国民健康保険)と組んで、糖尿病予備軍の人たちにstweatcoinを利用した行動変容プログラムを提供するという取り組みを行っており、試験段階では一定の成果をあげているようです。
参考:https://sweatco.in/nhs
今後、より様々な社会課題に対してto Earnを使ったアプローチが出てくる可能性は大いにあると思います。
ゲームとしてのP2Eの可能性
話を戻しますが、先の記事ではゲームとしてのP2Eはあくまで通過点という整理がされていましたが、ゲームは上記のX to Earnの文脈とはまた別軸で発展していく可能性はあると個人的には思っています。
イメージとしてはこのような感じ。
ゲーム文脈での進化の歴史については、ゲーミングギルドのLGGさんが全体像をまとめられています。
超ざっくり言うと、AxieとSTEPNというP2E色の強かったヒットコンテンツが衰退したことで、現状は新しい方向性の模索のフェーズ、その中でも
という二つの方向が出てきている、という感じかと。
①外部経済圏との接続
言ってみれば「ユーザー以外のどこからお金をとるか?」という問いですが、現状出てきているもので一番わかりやすいもので「企業の広告費(ex. ReadON)」、それ以外だと「DeFiマネー(ex. Nanda)」や「行政のお金(ex. TEKKON)」などでしょうか。
広告モデルについては、一番現実的だと思える一方で、web3と言いながら結局web2のビジネスモデルに依存するってことでいいんだっけ?という気がしてきます。
仮に成り立つとした場合、(冒頭の記事でも指摘されているポイントですが、)広告費をもらって、それの一部をP2E報酬として渡すことによって何を実現するのか?(それが意味あることなのか?新しいことなのか?)というのが改めて問われそうです。
行政のお金についても、TEKKONのようなアプローチは可能性は感じるのですが、なかなかスケールするイメージが湧かないのがネックですね(社会課題は地域性が強く、交渉にも時間がかかりそう)。
結局、「外部経済の接続が大事」というのは昨今いろんなプロジェクトで言われてるポイントですが、現状なかなか着地の見えない論点となっています。
【追記(1/16)】Axie Infinityはホワイトペーパー上で、ゲーム以外の追加の収益源に言及しており、「広告/スポンサーシップ」「マーチャンダイズ(フィジカル/デジタル両方)「オフラインイベント」を挙げています。
②P2E以外の面白さ
「やっぱりP2Eだと投機勢しか集まらなくてダメだ!面白さに原点回帰すべき!」というのをよく聞きますが、ここでの「面白さ」が暗号資産やNFTといったweb3的要素ならではのものか?というのは検証されるべきだと思っています。
正解はありませんが、個人的には以下のような要素が可能性がありそうだと見ています。
ⅰ. 経済的要素を含んだソーシャル性
スカラーシップ制度が象徴的ですが、暗号資産やNFTを通して、これまでのゲームにはなかった、経済的要素を含んだ人間関係がweb3ゲームでは生まれます。
スカラーシップは単純な雇用-被雇用の関係のように見えますが、日本のお金持ちとフィリピンの貧しい方がスカラーシップでマッチングして、最初は金儲け目的だったけど、スカラーの人に感謝される中で徐々に「俺っていいことやってる!」といった気持ちが芽生える。
こうした要素は従来のゲームにはない、web3ゲームならではの「エモさ」のようなものではないでしょうか。
今後、こうしたスカラーシップによる雇用関係以外でも、NFTや暗号資産を媒介としたデジタル上の新たな人間関係が生まれていけば、それは「新しい面白さ」の1つとして機能する可能性があると思います。
実際、こうしたソーシャル性を高めるべく、ゲームデザインの中に意図的に複数のロールを導入するタイトルも見られます。
以前から大型タイトルとして注目されているStar Atlasでは、人類や異星人など、プレイヤーを派閥に分けることに加えて、さらに宇宙空間で生産活動を行うグループ、宇宙船を操縦するグループなど、ゲーム内での活動によってもグループ分けがされるような設計となっています。
こうした異なるグループ、異なる利害関係の設定は、現実の人間関係でいうところの”しがらみ”を生み出す要素だと思いますが、こうしたデジタル上の”しがらみ”をうまく作ることができれば、ユーザーをゲームに定着させる新たな要素になるかもしれません。
ⅱ. ユーザーを巻き込んだゲーム開発・運営
コミュニティやDAOの文脈でもよく語られる要素ですが、従来のゲームのように「運営が完成されたゲームを提供し、ユーザーは受動的に楽しむ」という形ではなく、暗号資産・NFTの保有を通じて、ユーザーもゲームの企画・開発・運営に関与できるという要素はweb3ゲームの魅力の1つだと思います。
※別にweb3関係なく起きていたことではありますが、暗号資産やNFTの特性によって、web3ゲームでそれが強化・促進された、とは言えるかと
ただ、実際のところ、どこまでこの要素を全面に出すかは運営次第なので、実質web2ゲームの運営とほとんど変わらない(中央集権的な)方針をとっているプロジェクトも多数あります。
そうした中で、ユーザーを運営側に巻き込むスタンスを強く出しているプロジェクトとして「Illuvium」があります。
IlluviumはILVトークンのホルダーの投票によって評議員と呼ばれる運営に参加するユーザーを選び、その評議員からなる「Illuvinati Council(評議会)」によって運営方針の決定を行っています。評議員には任期(2か月)があり、評議員の入れ替えを経ながら既に1年以上運営されているようです。
おそらく中央集権型に比べて決定に時間がかかるなど、いい面ばかりでは当然ないと思いますが、こうしたweb3的な仕組みによってユーザーの巻き込む形は、ユーザーのロイヤリティを高め、トークン保有のインセンティブを生み出す意味では有効だと思います。
※なお、Illuviumは評議会によるガバナンス以外にも、ゲーム収益をすべてユーザー還元(ステーキング報酬)に充てるなど、トークノミクスも含めてユーザー主体のDAO的な運営を目指すスタンスをとっています
ⅲ. NFTの所有感や記録される価値の体験化
非常にわかりにくい書き方をしていますが、Illuviumを再び例に出すと、Illuviumでは「プレイヤーがゲーム内でモンスター(Illuvial)を最初に発見すると、公式の図鑑に発見者として永久に名前が残る」という機能があります。
やや事例として些末かもしれませんが、これはNFTの「ブロックチェーン上に記録が残る」という、頭ではわかるけど、めちゃくちゃ実感しにくい特性をうまくゲーム体験に落とした事例だと思いました。
他には、まだ成功事例がおそらくないと思いますが、sleepagochiが掲げているような「コレクション要素」というのもあるのかもしれません。
ただ、NFTをコレクションのために獲得する体験が面白いものであるためには、当然NFT自体がユーザーが欲しくなるものである必要があり、その状態をどうやって作るのか?という非常に大きな問題があります。
Phantom GalaxiesというAnimoca Brandsの完全子会社が開発しているタイトルでは、ゲームだけでなくコミックやアニメなど、複数のメディアにIP展開するメディアミックス戦略をとることを明言していますが、こうしたIPとして成長させる戦略が併せて必要になってくるのかもしれません。
参考:Phantom Galaxies Litepaper
また、「NFTという特別なものを獲得する」という体験をゲームの中でどう演出するか?も大事なポイントですが、最近のゲームの中だとBigTimeはこの点の作りこみを強く意識しているように見えます。
まとめ
年初に暗号資産取引所のbitFlyerさんが「web3 リサーチ 2023」という非常に質の高いレポートを出されていましたが、その中で「現在議論されているweb3がWebの延長にあるかは議論が必要」「web3は、web2.0の次というより、ブロックチェーン技術をベースにした新しい価値を作り出すという流れに近い」というコメントがありました。
確かにweb2.0が「誰もが発信者になれる」(双方向)という、一般の人々が体感できる価値を作った一方、web3で価値とされている「分散性」や「所有」といったことが体験価値のレベルまで落ちていないのが現状だと思います。
上記はweb3全体に係る話ですが、ことゲームについてはユーザーの体験価値こそがすべてと言えるので、本記事で言及したようなP2E要素の安定化、P2E以外での体験価値の確立が実例として立ち上がってこないと、今年で失望トレンドが広がる可能性もあるかと思っています。
今年、ゲーム文脈では以前から期待されている大型プロジェクトや大手ゲーム会社のweb3タイトルなど、多くのビッグニュースが控えていると思うので、果たしてPlay to Earnが本当にトロイの木馬で終わるのか、それとも、競走馬のごとく新たなゲームの歴史を切り開くのか、ユーザーの一人として見ていきたいと思います。