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【医師解説】海外旅行予定の女性向け"月経移動"のススメ

これは前回の続きです。

〜前回までのあらすじ〜
不安とめんどくさがりのせいで、医師10年目にもなって、海外旅行に行ったことのないサン。夏休みに経営大学院の同期とエジプト・トルコ旅行に行くことになり、まずは健康面の不安を払拭しようと動き出す。
エジプトとトルコの流行感染症と接種推奨ワクチンを調べ、高額な費用に驚くサン。リスクと費用を天秤にかけつつ、A型肝炎ワクチンのみ接種したのだった…。
しかし、まだサンにはやることがあった。


※このnoteは、

  • 海外旅行期間中の月経移動、どうすればいい?

をお知りになりたい方向けです。
総合内科医が医学的知見と実体験をもとに解説します。


病気にならないこと(予防)も重要だが、慣れない異国での旅行中、できるだけ快適に過ごすこともサンにとっての課題だった。

体調・健康面での対策として、ワクチンの他に、月経移動についても検討した。


月経移動

月経移動とは、薬を使って生理周期を調節し、月経のタイミングを早めたり、遅らせたりすることだ。

理由

サンが月経移動を検討したのは、以下の理由からだ。

  • いつでも好きなタイミングでトイレに行ける保証はない

ツアーのタイムスケジュールはほぼ決まっている。
他のツアー客やガイドさんに遠慮して、トイレに行くのを我慢したりしてしまいそう。
長時間の飛行機やバス移動もある。
立ち寄る観光地や飲食店のトイレ事情も不明(めっちゃ混んでいたり、清潔じゃないかも)。

  • 月経期間中の不快な症状(腹痛など)はない方がいいに決まってる

ただでさえ、食べ物でお腹を壊す可能性に怯えているのだ。
月経による腹痛を回避できる手段があるなら、やっておくに越したことはない。
腹痛を感じながら、ピラミッドに登ったり、気球に乗ったり、笑顔の写真を撮ったりは辛い。
せっかくなら、腹痛に気を回さず、純粋に体験を鑑賞したい。

  • 持っていく荷物を減らせる

生理用ナプキンや生理用下着など、大した量じゃないにせよ、持ち物が少しでも減るのは良いこと。
数が足りるかどうかとか考える時間も削減できる。

月経移動の原理と方法(一般の方は、ここはSKIP可)

このセクションは、非婦人科専門医向けに端的に「月経移動の原理と方法」をまとめたものである。
一般の方には小難しい話かもしれない。もし興味があれば、このセクションもぜひご覧いただければと思うが、興味なければSKIPを。

月経(消退出血)が生じるのは、体内のプロゲステロンという女性ホルモンの分泌が、一度上昇した後に低下したタイミングである。

病気がみえる vol.9 婦人科・乳腺外科 p28 消退出血より引用

このプロゲステロンに類似した物質をお薬として投与することで、消退出血のタイミングをコントロール(遅らせたり早めたり)する方法が、月経移動だ。

用いられる代表的なお薬としては、

  • プロゲスチン製剤(黄体ホルモン単剤)

例)ノアルテン®(効能・効果として、「月経周期の変更」が唯一承認されている)

  • 中用量ピル(中用量エストロゲン・プロゲスチン配合剤)

例)プラノバール®、ソフィアA®、ルテジオン®

  • 低用量ピル(低用量エストロゲン・プロゲスチン配合剤)

例)マーベロン®、ルナベルLD®


使い分けのフローチャートは次の通り

臨床婦人科産科 72巻 4号 pp. 97-103 月経周期調節 図1を引用
※EP配合薬=エストロゲン・プロゲスチン配合薬


早めるか・遅らせるか?(一般の方は、ここから読んでね)

次の要素で判断する。

  • 月経を避けたい期間はいつか?(例えば、X月のY日〜Z日)

  • 月経周期と、次の月経予定日(例えば、28日周期で、X月のW日〜5日間)

臨床婦人科産科 57巻 4号 pp. 444-445 図1と2を引用改変


月経周期移動を相談しに婦人科を受診するタイミングが重要だ。
早める方が良いのか、遅らせる方が良いのか、どれくらいの期間飲むのかなどは、上記の2点を婦人科の医師に伝えると、医師が判断してくれる。

いつ頃受診すれば良いのか?

海外旅行(特に長時間フライトを予定している)場合、
「避けたい期間」中に、「ピル」を飲む(上の図では「遅らせる場合」に相当)のはおすすめしない

なぜならば、

  • 旅行期間中は普段と異なる生活リズムになるため、飲み忘れるリスクがあるから

  • 長時間フライトでずっと座った状態でいるのは、ピルの副作用である静脈血栓症をより引き起こしやすいから

である。

ピルの軽い副作用で、吐き気や乳房の張りなどもあり得る。
せっかく旅行を快適に過ごそう!と思ってやったことなのに、結果的に「副作用の不快」で台無しになってしまう…というのは避けたい。

したがって、早めに受診して相談するのが良い。
具体的には、旅行期間(避けたい期間)の2周期前(2ヶ月くらい前)がおすすめ。

サンの場合は、
中用量エストロゲン・プロゲスチン配合剤のプラノバール®を用いて、「遅らせる」方法をおすすめされた。

ただし、遅らせるのは、避けたい期間の1つ前の周期の月経だ。
つまり、こう。

費用は?

旅行やスポーツ、受験といったイベントなどを理由に月経期間を移動させたい場合、基本的には医療保険は適用されず、「自費診療」となる(つまり、3割負担ではなく、10割負担)。

ただし、月経困難症や過多月経などの症状があれば、その治療として保険適用とする場合もあるようなので、負担割合がどれくらいになるかは、受診した婦人科の医師に確認を。

診察料のほか、薬の値段は、どの薬を選んだか、どれくらいの日数飲む必要があるか(処方される錠剤の数)によって、価格が決まる。

自費診療なので、価格はクリニックによって多少異なる場合がある。
複数の婦人科クリニックのホームページを見てみたところ、

3,000円(7日間)〜5,000円(14日間)前後のようだ。

サンの場合は、診察してくれた先生が、確実性を重視してくれて、少し長め(17日間くらいだった)に処方してもらったのだが、確かこの価格の範疇で済んだと思う。

実際、旅行期間前に月経期間がちょうど終わるような形になったので、旅行期間中は快適に過ごせた。

また別の機会に、エジプト・トルコのトイレ事情は書こうと思うが、日本のような快適なトイレはない。
ウォシュレットなんか絶対にない。

なので、海外旅行に行かれる女性の方は、ぜひ上記のような方法で月経期間を事前にずらしておくことをお勧めする。

おまけ

※「エストロゲンとプロゲステロン」の表現について

女性ホルモンには、「卵胞ホルモン」と「黄体ホルモン」がある。
次の表のように、「エストロゲン」は、卵胞ホルモンの”総称”であり、
「プロゲステロン」は、黄体ホルモンの"天然物"(単一の化学物質)を指す。
「エストロゲンとプロゲステロン」という表記は、分類上異なる段階のものを並列していることになるので、厳密には適切ではないが、慣用的にこのように表記されることが多い。

病気がみえる vol.9 婦人科・乳腺外科 p11 女性ホルモンの分類より引用改変
病気がみえる vol.9 婦人科・乳腺外科 p11 女性ホルモンの分類より引用改変



準備編はまだまだつづく
次回は、携行薬編!


花嫁にもなれず、総合内科専門医にもなりきれぬ哀れで醜い可愛いサンをサポートしたいという気の触れたこだまたちはおらぬか!