#普通のおばちゃんの人生を選ばなくて良かった
じぶんで選んでよかったこと
たくさんたくさんあるけれど
思いついたのは
#普通のおばちゃんの人生を選ばなくて良かった
かな。
何が普通かはわからないけれど。
わたしの同級生は学校を卒業して、
紆余曲折あるかもしれないが仕事を続けてる。
ほんとに偉いと思う。
よく頑張ってるなぁと思う。
わたしには堪え性が無いのだと思うのだが、
35歳の時「周りの平均的な同年代と同じ環境」から突然リタイアした。
それは家族の協力とか全く無くて、毒親から毎日いじめにあっていたせいでもあるんだが。
でもその後の自分の選択に「よくやった」と言いたい。
わたしはその後もいろいろ当たり前の人間になろうとして転職を試みた。
だけど もう今まで歩いてたルートには戻る気も無くて
短期・短時間・単純な仕事ばかり探してた。
そのくらいあの頃は子育てに家事に家のことに忙殺されてて
(1番は毒親両親にとにかく文句言われないようにがきつかった)
フルタイムの仕事なんて無理ゲーだったのだ。
文章を書くことが好き~ブログとの出会い
じぶんがいっぱいいっぱいにならない仕事に就きながら
元々好きだった文章を書くことを続けてた。
ネットでどうやら日記が書けるらしい。
子どもの時からずっとアナログな日記を書き続けていたわたしは
こりゃあいいや、とすぐにブログなるものに手を出した。
だって10年日記とか、もう飽きてたんだよね。ほぼ書いてなかったw
ブログでただの日記を書き続けていたら
どんどん外に向けて発信したくなってきた。
ファンもそれなりに増えてきた。
並行して毒親から解放される方法を模索した。
ただの日記だったけど心の奥底に溜まった膿を絞り出すように
アウトプットすることにドハマりした。
当時のブログには親への罵詈雑言が溢れている。
そうこうしてたらブログでお金が稼げるらしいと。
そんな夢みたいなことあるん??と真剣になった。
グーグルアドセンスの合格までにかなり時間を要したが、
幸いブログについて教えてくれるオンラインサロンの師匠と出会い
その方がアドセンス9回も落ちたわたしのことを
粘り強く待ってくださった。
師匠がいなかったら今のわたしは絶対にいない!
そこからは日記ではなく、外に出すためのブログの勉強が始まった。
好きなようにアウトプットだけしていたわたしの日記は
ほぼ毎日ネガティブモードで誰が読んでも鬱陶しいものだった。
特に毒親系の記事も多かったし。
それを今の形にしていった。
そのうち収益が出て週3回働いていたパートを
週1.2回で良いという選択肢が出てきた。
そうなってくると
無理してやりたくないことをしなくていい自由が手に入る。
デジタルコンテンツの勉強&収益
ブログでも一定数のファンが居た、
毒親育ちからの卒業を広めることにも乗り出した。
Kindle本も順調に読まれ続けている。
Amazon.co.jp: ちょっと待って!絶縁せずに毒親から逃げ出してしあわせになる本 (ことり文庫) 電子書籍: ことりんご: Kindleストア
バリバリは働いてないし外でも働いていないけど
自分の中にこうして確実に自己肯定感が生まれた。
その延長でココナラでもコンテンツが売れるようになってきた。
毒親から開放された私があなたの回復の手助けをします 話すのは苦手・・お手紙を書くようにゆっくりとマイペースで。 (coconala.com)
今はウェブライターとしても仕事を頂いている。
ことりんご|ハルメク365 -女性誌部数No.1「ハルメク」公式サイト (halmek.co.jp)
いっけん、ただの田舎の専業主婦だが、
その実はデジタルコンテンツで 少しだけ収益を得ているオバサンなのである。
改めて「普通のおばちゃんの人生を選ばなくて良かった」
あの時、勇気を出して会社を辞めて
当たり前の生活から抜け出してよかった。
当たり前の幸福ではないかもしれないけれど
わたしは 当たり前以上の幸福感に今包まれているのである。