ゴング

 喫煙所はいつも癒しだ。ここは目まぐるしい世界の中でも時間が止まっている様に感じる。
 煙を吸い込み先端が真っ赤に光る、一瞬のブレイクの後煙を空中へ舞いあがらせる。深呼吸よりこっちの方がよっぽど落ち着く。幾らそれがドラッグの効果であったとしてもだ。

「火貸ひれくれ」

 先輩が喫煙所に入ってくるなりくわえ煙草でそう言った。煙草の先端に火を当てる。目を瞑り数秒。一つのルーティンが終わる。

「お前TWENTY FOURって見た事あるか。海外ドラマの」
「いえ、名前知ってるだけですね」

 煙草を一口吸い、先輩は天井を見上げる。

「じゃあなんだ、えぇと、プリズンブレイクはあってるけど違うな」

 なにがいいかと言いながら先輩は煙を燻らせる。

 実際僕らの置かれている状況は絶望的だった。出社するとすぐに部署全員が会議室に詰め込まれ部長が業績の低迷の原因調査という名の会議を開始した。
 曰く、”リソース不足は恐らく無駄なミーティングが原因だ、無駄なミーティングを減らすためにはどうすれば良いのか”という議題のミーティングをもう六時間行っている。

「もう気が付いてるだろうが、このままだと今日は一日地獄で終わる。明日待ってるのは違う地獄だ。なんとかしねぇとな」
「壊すのは簡単ですけど、倒すのは難しいですね」

 音を立てて喫煙所の扉が開かれる。現実という名の地獄の扉だ。時間だと呼びに来た上司が扉だけ開けて会議室に向かっていく。

「目が覚めた。行くぞ」

 三割ほど残った煙草を水が張った赤い缶へ投げ込む。二本の煙草は同時に。ジュッという小さな音と共に消えた。

「静かなゴングだ」僕は小さく呟いた。


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