SMAPは、僕の半分
もうすぐ34歳になる僕は、幼い頃から SMAPが大好きです。
人生の最も古い記憶は、幼稚園でSMAP×SMAPのコントをマネしたこと。
幼稚園の先生もSMAPが好きで、青いイナズマが出た年長のとき、お遊戯室のステージで歌わせてくれたことがきっかけで、23歳までずっと歌手を目指していました。
「SMAPは100点しか取らない」という謎理論で、勉強もスポーツもできるようになりました。
がんばりましょうという曲の「東京タワーで昔、見かけたみやげ物に、はりついてた言葉は、『努力』と『根性』」という歌詞を胸に、がんばって生きてきました。
今でも忙しいときは、「中居くんの方が忙しい」と思ったら、なんでもできます。
ずっとずっと、いつかSMAP×SMAPに出たいと思って生きてました。
2016年、「日本文化を伝えたい!」と勢いで起業したけど事業がない・・・人生どうしよう・・・というとき、SMAPの解散が発表されました。もうSMAP×SMAPに出る夢は叶いません。
当時、26歳。
さすがにもう大人だし、辛くない、と思い込んでました。
そんなとき、たまたまお坊さんの友人が、福井のお寺においでよと誘ってくれました。
やることもない、お金もない、なにもやる気しない。
そんな状態で、お寺に行って泊めていただき、
何もしない一泊二日を過ごさせてもらいました。
お寺での何もしない時間が、SMAPの解散がとっても辛かったことに気付かせてもらいました。
お寺での時間が、僕を生き返らせてくれました。
そんな神社お寺を応援したい!と思い、神社お寺の検索サイト「ホトカミ」を始めました。
前に!ススムために、東京の自宅に戻ってすぐにメルカリで楽器やレコーディング機材を売り、ホトカミの準備のためのお金にしました。
そして、2016年12月26日、最後のSMAP×SMAPを見終えた瞬間から、ホトカミのコードを書き、開発を始めました。
先日、臨済宗大本山・円覚寺の横田老師が「なんといっても吉田さんの明るさが素晴らしい」と仰って下さいました。
僕が明るいのは、物心ついたときから、ずっとSMAPを胸に生きてきたからです。
今でも大事な場面では、SMAPを聴きます。
いや、日常でもよくSMAPを聴いてます。
SMAPの解散から7年が経ちました。
失ったものは、とても大きいけど、
今は、しゃんと胸を張って、僕の生きる道を歩めています。
SMAPの解散があったから、ホトカミが生まれ、
少なからず、全国の神社やお寺の応援ができるようになりました。
あの頃の未来に僕は立っていないし、
すべてが思うほど、うまくはいかないみたいだけど、
もう明日が待っている。
鈴木おさむさんのSMAPについての新著「もう明日が待っている」を読みました。
【SMAPは、僕の半分】と思って生きてきて、僕の人生、間違ってなかった。
SMAPは、ちゃんとSMAPでした。
ほんの少しだけ残っていたモヤモヤが晴れました。
明日からもハレルヤ。
GOOD LUCK!