茶クロバティック
サムライ茶人が映るテレビ放送があるその日、と言っても今日の話だ。後30分で番組が始まるという時に私はまだ茶畑にいた。日が傾いてきたその時も昨日広げた寒冷紗を束ね直していた。
寒冷紗と言うのは黒いネット(布)だ。この寒冷紗を茶園にたてた囲いの上にかけて太陽の光を遮る。そうすることで、渋みの成分であるカテキンの発生を抑えて旨味、甘みをより強く葉に残す。ある一定の期間、日光を遮って育てた葉を蒸した後、揉みながら乾かすと玉露になり、そのまま乾かして石臼で挽くと抹茶になる。
本当は2時間前に家に帰るつもりだった。なんせテレビに映るんだから。
だが、茶園から上を見上げると寒冷紗が気になる。
必要以上に広がって茶園が暗いのだ。
まだ暗くする時期ではないのでもっと太陽の光が欲しい。なので寒冷紗を細かく束ねて出来るだけ隙間から光が茶園に届くようにしよう。そう、この作業をもう2時間も続けている。
昔なら、2時間前に寒冷紗をざっと束ねたからもうOK、さっ帰ろうと帰っていただろう。
作業としては束ねたのでもう終わりだからだ。
でも今は、茶園に何が必要かをまず考えるようになった。作業は終わったけれど茶園から見たら不十分なのが分かる。もう少し光が欲しい。
いいお茶を作りたい。時間に追われて作業をこなすのに精一杯だし失敗も多い毎日だが、たまにこうしたらよりいいお茶が出来るかもしれないと気づくことがある。そうやって少しずつ前に進むのだ。
何とか終わらせるとちょうど番組が始まった。テレビの向こうのサムライ茶人はいい感じに映っている。うん、これでいいと真っ黒な手を見ながら空を見上げるのであった。