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小さな一歩

就職に失敗した…
決定的に分かったことだった…

あの時から人生投げやりになって、どうでもいいやと思うことが増えた。
正社員になれないのであればフリーターとして働くしかない。就職浪人をさせてもらえる家計の余裕なんてなかった。
務めたかった会社に行けない苛立ちと、これから自分で生活していかなければならない切迫感。
何の目的もなく、まるで泳げない自分が大時化の海にドボンと投げ入れられたかのような気持ちだった。
今、生きている自分は一体何者なんだ?
私は一体どこに向かっているんだ?



子どもの頃、私は国語辞典が好きでよく持ち歩き、よく読んでいた。
他の子どもたちと遊ぶということはせず、ひたすら国語辞典を読んでいたのだった。だから、難しい漢字もよく知っていた。
もっと遡ると、2~3才の頃も絵本が好きで書いてある文字をスラスラと読めていたそうだ。
そんな私を生んだ母親は、『神童を産んだと思った』と言っている。

いつからだろう…こういう自分が周りから変な目で見られることを知ったのは。

私は学生の頃、読み書きが人よりもできたことで"頭が良い"というイメージを持たれた。やはり悪いイメージを持たれるよりかは良かった。
しかし、人生には陰と陽があるわけなのだが良く思われる分、厄介なことも起きた。
クラスの友達に「ノートを書き写させて」だの「宿題みてほしい。いや面倒くさいからやって」だの、ことごとく自分のわがままを人に押し付けようとしてくる者がいた。
”依存する人間は成長できない”とはこういうことなのかと、この年にして悟ってしまった。
だから、同い年でも精神年齢の低い男子よりも女子と話す方が気が楽だった。
そんな態度をとっていると、
「おい! あいつと付き合っているのか?」とその学校の番長らしき人物に目を付けられるようなこともあった。

「なんなんだよ・・・この世界は」

なんと私から番長に掴みかかっていったのだ。
今までケンカなんてものをしたことなかったのに、自分でも驚いた。
結果は、番長の拳が私の腹に入り一撃ノックアウト。笑える。
しかし、何かが吹っ切れたように感じた。

相変わらずクラスのみんなとも波長が合わない。番長との一件が学校中に広まり負け組のレッテルを貼られ、だんだんと孤立していった。唯一、話せる友達は2~3人程度だった。
私は、それを苦に思わなかった。
なぜ、良い人のふりをして人の面倒まで背負いこまなきゃならないんだと、むしろ気が楽になった。



きっと私は少数派の部類なのだろう。
期待もせず大学に入学して、『あぁ、また退屈な学生生活が始まるのか』と、そんな思いを胸にしまい込んだ。

退屈な4年間をどう過ごそうか思案していると、掲示板に貼られていた"化学部"に目が留まった。
ちょっと覗いてみるつもりが、
「君、新入生? どうぞどうぞ、イャー嬉しいなぁ。名前は何て言うの? お茶飲む?」
矢継ぎ早に次から次へと質問攻めにあった。
「あっ、覗きに来ただけで…」
「またぁ〜、興味がなくて来る訳ないでしょ〜。いいからこれ見ていって! 今実験しているところだから」
この人は名乗りもせず、来た相手の名前も聞かず、楽しそうに実験を試みている。
その様子をただ私はジッとみていた。
ブルーベリーのジュースにレモン汁を数滴たらしてみる。すると、一瞬で濃いブルーからピンク色に変わった。
「どう思う? コレすごいだろ! 飲んでもいいよ」
「あ…はい…」
私は何も言えず返事だけはした。
「俺、一応ここの部長やってる早坂だ。よろしく」
「あ、私は田村と申します」
何となくなんだが「じゃ、これで」と言って立ち去る雰囲気でもなかった。
かと言って無理やり入れさせられるようでもない。ちょっと沈黙が続いた。
化学室の薬品の匂いが鼻につく。あたりをキョロキョロ見渡してみる。
「どうする? 入部する?」
「じゃぁ…はい、入部します」
何だか早坂のペースに乗せられた感じがした。
部員は早坂と私の二人だけ。一応、頭数揃えるのにあと二人いるらしいがほとんど来ていないそうだ。

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