願いを込めて織る
「あなた、できたみたい…」
僕の妻がお腹に手を当てて、満面の笑みで言った。
「え? えぇぇ~!! 本当に? やったやったやった~」
赤ちゃんができたのだと僕はすぐに分かった。天にも昇る気持ちだ。
僕は織物工場の跡取り息子。2年前に妻と結婚をして、今まさに待望の赤ちゃんが妻のお腹の中にいる。
僕の仕事は、反物を作ること。機械生産を主としているけれど、やはり手織りの反物を作りたいと思い、一生懸命勉強して手織り職人としても活動している。
我が子には、ぜ~ったい僕の織った麻の葉文様の産着を着せたいと思っている。これは子供の頃からの夢なんだ。
麻は成長が早く、まっすぐに伸びることから、子供の健やかな成長を祈って赤ちゃんの産着として使われる。魔除けの意味もある。
僕がこの家に生まれた時も、麻の葉文様の産着を着た。僕の親も、成長を祈って着させてくれたのだと思うと、感慨深い。
一生懸命、織り機のペダルを踏む。リズム良く踏む。
横糸が一段一段編みあがるごとに、子供も一日一日スクスクと育つ。
完成した暁には、僕の子も生まれる頃だろう。
妻の健康、子供の未来に願いを込めて織る。
ある朝のこと。
寝ぼけ眼でキッチンに行くと、妻がお腹を抱えてうずくまっている。
「どうした?」
「お腹が…痛いっ…」
僕はすぐさま、救急車を呼んだ。
「あぁぁ…神様!」力の入る妻の手を僕は片時も離さなかった。
予定日までには2ヶ月もある。
「まだ出てきてはダメだぞ、まだ妻のお腹の中にいてくれ!」
切迫早産だった。2180gの低出生体重児。そのまま新生児集中治療室へ。 保育器に入った我が子は、酸素投与や人工呼吸器で生かされている。
たくさんの管につながれて生かされている。
僕には何もできない。ただ見ているだけ…祈るだけ…だった。
妻も生まれてきた我が子を抱くこともできない。
でも、今は祈ることしかできない。この子の生命力を信じるしかない。
僕は一旦、自宅に帰った。
織り機が目に入る。すると、ハッとした。
『僕にもできることがあったじゃないか!』
麻の葉文様の反物を完成させ、産着を作る。もう、迷っている暇はなかった。
リズム良くペダルを交互に踏み、我が子ががんばって生きていることを応援し、祈りながら織り続ける。織り続ける…織り続ける…
やっと完成した産着を妻に見せた。
「まあ! なんて可愛いんでしょう! おっぱいを飲ませる時に、この産着を持っていってあげたい」と妻は言ってくれた。
保育器にいる我が子にそっと、産着をあててあげる。かわいい。
生まれたときから困難な人生になってしまった。産着を作ることしかできない父親がこれから、この子に何をしてあげられるのだろう…僕はこれからの家族の人生を引っ張っていく覚悟を持った。
その後、順調に発育してやっと退院の運びとなった。
「先生、息子の命を助けていただき、本当にありがとうございました」
「お父さん、人のやれる仕事は適材適所にある。織物業だって立派な仕事。一生懸命に仕事に打ち込めば、きっと息子さんも立派に育ちますよ。がんばって!」
「はい!」
大変な時期を乗り越えて、息子はもうすぐ、1歳になろうとしている。
おかげさまでつかまり立ちするようになってきた。
この1年の成長は、本当に目覚しい。息子は良く食べ、良く寝てとても良い子だ。
「そうだ、息子の1歳の誕生日は甚平や浴衣を作ってあげようかな」
僕のこれからの夢が叶う。願いを込めて織った反物に魂が宿っていくように…