雨の日の記憶
雨が降ると小さい頃の記憶が蘇る。
この梅雨の時期のちょっぴり切ない記憶…
私が6歳の頃だったと思う。
小学校から帰ってきて私はすぐ出かける準備をする。
母と約束をしていたのだった。
この日、私の虫歯の診療をすることになっていた。
しかし、母は仕事をしていて家にいない。5時頃にならないと帰ってこない。
母の職場は遠い所。
会社の送迎車で通勤している。
その送迎のバス停とほど近くに私が通う歯医者があった。
都合が良かった。
すると母は
「お母さんのお仕事のバスが停まる所を知っているでしょ。そこで5時に待ち合わせをしようか」と言って、前の日の夜に私と約束をしたのだった。
「待ち合わせしよう」
その言葉になんだか大人にしてもらえたような気分になった。
なんとも心地良い言葉の響きに歯医者へ行く前の準備は、スムーズだった。
時計を見ると3時を過ぎていた。
なんだか気が焦りはじめた。
自宅から待ち合わせ場所までの時間配分が分からなくなって、『もう家を出ないと!』という気持ちになった。
「まだ早いんじゃないの?」
たまたま家にいた姉が言う。
「いいの! お母さんと約束したんだから!」
ちょっと気の張った6歳の私が言う。
黄色い傘と黄色い長靴。
ピッチピッチ
チャプチャプ
ランランラ〜ン
お母さんと待ち合わせ。
なんだかウキウキ。
正確には覚えていないが、6歳の子の歩きで、多分20分くらいは歩いただろう。
自宅を出たのは3時過ぎ。
待ち合わせ場所に到着したのは、おそらく4時前。
5時の約束には1時間以上ある…
母は、待っても待っても来ない。
10分…20分…30分…
子供の時間は遅く経過する。
雨はシトシト降っている。
通り過ぎる車に優しさのカケラすらない。
だんだん寂しくなって悲しくなって、とうとう泣き出してしまった。
「おかあ〜さ〜ん! おかあ〜さ〜ん!」
傘をさしながらあちこち見渡す。
怖くてその場所から動けない。
目に涙を溜めている。
通り過ぎる大人たちが霞んで見えた。
その大人たちは、私を横目に見るだけ。
もうこの世の終わりかと思うくらい大きい声で
「おかあ〜さ〜ん」と
呼んだ、
叫んだ!
『どうしてお母さん、来ないの?』
傘を握っている手に雨があたりだんだん冷たくなっていく。
その手で涙を拭く。鼻水も拭く。
顔まで冷たくなって…
心も冷たくなって…
"プシューーー"
バスが停車した。
そのバスから母が降りてきた。
「あらあら、どうしたの? 泣いちゃって」
「あぁぁぁ、おがあざ〜ん」
私は言葉にならない声をあげて母にすがり付く。
母はハンカチで手と顔を拭いてくれた。
その母の温かい手の温もりが、6歳の私に伝わった。
そして、安堵とともにまた泣いてしまうのであった。
「おがぁぢゃ〜ん」
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