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カフェ・ソスペーゾ【前編】

1995年
イタリアの片田舎の川沿いに、50年以上にわたって営んでいるカフェがある。
そのカフェの名は ” スペラーレ ”  イタリア語で ” 希望 ” という。

朝、店主マティがカフェの出入口を掃き掃除していると、道沿いを向こうから女性が一人、とぼとぼと歩いてくる。どことなくフラついているようにも見える。マティは注意深くその女性を見守った。
疲れ切った顔、目はうつろで遠くを見ていて焦点が合っていない。マティがその女性をじっと見ていると一瞬目が合ったと思ったら突然、バタリと気を失い倒れた。
持っていたほうきを投げ捨て慌てて女性に駆け寄った。

「大丈夫ですか!!」
マティは女性の顔をパチパチと叩いた。
「父さん!父さん!ちょっと手伝って!」

店の奥からマティの父親アンドレアが飛び出してきて、マティと共に女性を抱きかかえ店の中へ運び、ソファに寝かせた。

冷たいおしぼりをおでこに当てると少し目が開いた。マティがお水を差し出すと女性は起き上がりコクリコクリと喉を潤した。明らかに女性の身なりは汚く、粗末な洋服を着ていた。それを察してかマティはスープとパンを振舞った。

「すみません、私はお金を持っていません。だから頂けません」
「いいのですよ。これは私からのカフェ・ソスペーゾです」

そうマティから言われると、女性はゆっくりスープとパンを口にした。すると女性の顔はみるみる生気を取り戻し、頬が桜色に染まっていった。


“ ソスペーゾ “ というのは保留という意味。助け合いの精神。イタリア南部や東欧にある伝統だ。
第二次世界大戦後、裕福な人が貧しい人にコーヒーをさりげなくおごっていた。その名残が今でも残っている。
目印は、店先にある大きなブリキのポット。
一杯目は自分でコーヒーを飲み、二杯目は誰かのためにコーヒー代を払って、店先のブリキのポットの横の伝票刺しにレシートを置く。コーヒー代の保留だ。
コーヒー一杯飲むのにも代金を支払えない、生きていくために誰も頼れないという時はこの一杯で心が救われる。そして、その精神は親から子へと受け継がれていく。


女性は自分の身の上話をし始めた。
「私は子供の頃から、親から虐待を受け続けてきました。
もうこの生活に限界を感じて逃げ出しました。
だけど、衝動的に出てきてしまったためにこんな事になってしまって…
これからどうやって生きていったら良いのか分かりません…
でも、このお店の名前… ” スペラーレ ” の文字を見た時に『あぁ、神様がここへお導き下さった』と思いました。
そうしたら気を失ってしまったみたいです。申し訳ありません、すぐに出て行きますので…」
「ちょっと待って下さい。行くあてはあるのですか?これも何かの縁です。まずは、身なりを整えましょう。お風呂へ入っていきなさい」

そう言うとマティはタオルを持って女性をお風呂場へ案内した。
そして、3軒お隣の婦人服屋さんで洋服を買った。

「はい、これをどうぞ」と洋服を差し出した。
「そんな…頂けません…」と女性は断る。

「さっき、あなた言ったでしょ。『神様がお導き下さった』って。
これからは、ちょっと先の未来に希望を持つように心がけましょう。
今まではそう思う事もできなかった。
だから、今日から希望を持つようにしましょう。
そうしたらきっと、あなたに幸せが降りてきますよ。
そうだ!この辺りに家を借りなさい。そして、ここで働きなさい」
「あぁぁ…ありがとうございます。なんて優しいお言葉を…どうお礼を言ったらよいのでしょうか…私の名前は、ソフィアと言います」

来週につづく・・・


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