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小さかった頃の娘と私

夜寝る前、おふとんの中で一緒に言っていた言葉がある。それは、今日一日無事でいられたことを感謝する私たち二人の儀式。
シングルサイズのおふとんに二人向かい合ってこう唱える。
『今日も一日無事に過ごせました♪
ありがとうございました。
事故もなく、怪我もなく、病気もなく、無事に過ごせました。
ありがとうございました。
明日も良い一日になりますように。
おやすみなさい』と
毎日やっていたことを思い出した。
あの頃は、二人して精神的に不安定だった。それをなんとか回避しようと自然にやっていたことなんだろうと今になって思う。

こんなことをボンヤリ思っていると、私の意識が亡くなっている祖母へと飛び、涙が止まらなくなってしまった。
祖母は、20代後半に夫を事故で亡くした。昭和16年の時代。まだ幼い年子の娘二人を両脇に抱えておふとんの中で泣いたのだろうと、その時の祖母の心情が手に取るように分かったら切なくなった。

娘が大きくなるにつれてその儀式はやらなくなっていった。いつやめてしまったのか、全然覚えていない。
それだけ日々の生活に追われて毎日過ごしていたのだろう。今更ながら反省する。


小さい子どもの波動が高いということを最近知った。
邪気が無いで"無邪気"
何気に使っていた言葉にハッとさせられる。
その子どもと一緒にいる母親も波動が高くなるのだろうと思った。
波動が高い子どもと知識のある大人が一緒にいるから、平和で安心な生活ができるのだ。
しかし、子どもも大きくなるにつれて、だんだんそういうものが無くなっていく。どうしてなのだろう。
『心をどこかに置いてきてしまった』ということなのか。

これからは心を重視する時代になっていく。物質欲では心のスキマは埋まらない。
どんなに小さな事でも前向きな言葉、感謝する心を持っていれば、心は落ち着いて安定するものだ。

それらのことをみんなが思い出して日々の生活を送ってほしいと願う。

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