100年後の幸福(末木文美士)
末木文美士(東京大学名誉教授、国際日本文化研究センター名誉教授)
コロナ禍の中でオリンピックが開催された。日ごとに爆発的に増える感染者数に怯えながら、テレビでは一日中無人の競技場からアナウンサーが興奮の声を伝え、空前の金メダルラッシュに日本中が沸き立った。IOCの役員が言った通り、まったく異なる「パラレルワールド」が、同時に同じ場所で進行するというSF的状況の出現に、途惑うばかりだ。理念もモラルもどこかへ吹き飛んだまま、手のつけようのないアナーキーの状態が続いている。オリンピックに未来への希望が託されていたのはいつの日だったのか。もはや文明の進歩が幸福をもたらすという近代の理念は消え失せ、コロナが終息した後でも、以前と同じようなバラ色の成長の夢が戻ってこないことは誰の目にも明らかになった。
近代の終焉とポスト近代は、少し前から始まっていた。それを典型的に示したのがドナルド・トランプであった。アメリカ第一を掲げ、国境に壁を築き、差別と分断によって強さを誇示して、平和や人権という近代の理念の終焉を明確に示した。ポスト真実と言われるように、SNSを駆使してありえないガセネタを垂れ流し、相手をフェイク呼ばわりすることで圧倒し、あげくの果てには陰謀論によって選挙の不正を言い立てた。小トランプともいうべき安倍晋三もまた、ネトウヨの熱烈な支持を受けて、ポスト真実時代の幕を開いた。彼らが一時退いたとして、一度開いたパンドラの箱は元に戻ることはない。
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?