私の知っているビルゲイツ、その13
マイクロソフト株式会社の社長を引き受けたのは1986年5月のこと、7月の誕生日前だったので当時の私は31歳、もちろん髪の毛は真っ黒でありました。社長の仕事として1年に一度とても厳しい立場に立たされるのが年度予算会議の席でありました。予算会議の中では1年間の事業報告と市場の動向、製品計画、マーケティング・プラン、売上・利益予測、採用計画、などなどあらゆる分野の資料を準備し事業計画をビルゲイツ、スティーブバルマーを始めとする10人ほどの本社エクゼクティブの前でプレゼンするのでした。現在では事業規模も大きくなったので、経理、営業、開発、マーケティングの各担当者がそれぞれの分野で事業計画を説明することになっているようですが、1986年当時は各国のマイクロソフト現地法人社長が一人だけで本社エクゼクティブを口説く、説得する機会なのです。それは、裏を返せば本社にとって各社長の首実験、つまり過去の1年間の実績は満足いくものであったか、来年度もこの人間に社長を継続させようかという最終判断の場でもありました。
毎年、その季節になると用意しなければならない資料の数は尋常ではなく、最終的に提出する書類の厚さだけでも5cmほどの厚さとなります。その各ページには、プロダクツごとの製品仕様、開発スケジュールから、マーケティング策、売上げ利益予測が詳細にシミュレーションされ、マクロ的な経営方針から微々細々に渡る内容を全て掌握して会議に望まなければなりません。そのストレスたるや、社長を務めた5年間で髪の毛がほとんど真っ白になったほどでありました。その手厳しさたるや…
古川:「来期は電話のサポート体制をさらに充実させるために、現行のXY人に対して5人の増員を提案したいと思います。」
ビルゲイツ:「現状のXY人は、一日に何本の電話を取っているんだ?」
古川:「1日にZZ本です」
ビルゲイツ:「電話を受けているのは24時間かそれとも9時―5時なのか?1本あたりの平均通話時間は何分だ」
古川:「現行では9時から5時です。 1本当たり22分が平均と聞いています。せめて夕方7時まで電話を受けられる体制にするには、後5人の増員が必要と考えますが」
ここから先が、ビルゲイツ君は田丸さんとの神経衰弱と全く同じパターンで一挙に攻めに入ります。
ビルゲイツ:「サム、現行で9時から5時までの間に電話を平均22分でZZ本、XY人で受けているとなると、1時間の昼休みと午前午後に30分の休みを考慮しても9時から5時の間に3時間は何もしていない時間があるではないか、その3時間に電話を取る人間は何をしているのだ?その時間を有効に活用すれば、あと電話をYY本多くサポートできる余裕があるはずで、なおかつ22分かかっている1本の電話を20分ですませば、それで生成できる2分かけるZZかけるXYは新規に雇う人間の(総労働時間-3時間)三人分を捻出できるという計算になるはずだぁ、だから5人の申請は却下2人の追加しか認めない」
なんて風に一気に押さえ込まれるわけであります。そこをあらゆる理由を考えて押し返していくのが社長の手腕というわけであります。
その話題と問題にされる事象の細かさは尋常ではなく、たとえば紙のコピー代金の話でも…
ビルゲイツ:「サム、MSKK(マイクロソフト株式会社の略称ね)はなぜこんなに膨大な金を紙のコピー代金に使っているのだ?」
古川:「マシンのリース代金がXYZ円毎月リース代としてコスト計上されているので、マシンを購入した減価償却ではなくリース代が毎月のコピー代金に加算されているのであるぞよ、この方法を持ってすればリース代は毎月のコストとして計上できるのじゃ、参ったかぁ、ふふっふ」
ビルゲイツ:「サム、待てぃおぬしその結果リース会社から請求される月々のメンテナンス代とリース料の切り分けが不明瞭でこれだけのコストになっているではないか、それにリース契約の一環として購入している紙は1枚あたり幾らと算出され、この価格は米国の1枚あたりの紙のコストと比べると3倍以上だ、この値段を交渉してY円まで下げたとしても5年間の間にDEF万円の出費となる…もし現在のリースを解約して新規にコピーマシンを購入して1枚Z円の紙を使い、月のメンテナンス料をいくらで納めればDEF円がLJK円で済むはずじゃ」
古川:「ビルそれは無理無理、リース契約を解約するとその違約金で結果としてKLM円の損が発生するから」
ビルゲイツ:「一瞬にして頭の中で計算して、お前KLM円の解約料なら解約してコピーマシンを新規購入すれば、それでもXXX円のコストセーブになるのが計算できんのか?」
古川:「お前の頭の中は、表計算でも入ってるのか?ビル?日本の企業との付き合いで、コストが高いから即リースをキャンセルします、他の企業からコピーマシンを購入しますってのは企業同士の付き合いを悪化させるではないか?」
ビルゲイツ:「今のリース会社とそのまま付き合うのはお前の勝手だが、他の方法でいくらのコストセーブができるはずだと、そのリース会社に説得して月々のメンテナンス料を幾らまで下げてもらえ、そうすればリプレースしなくても幾らの差額ですむはずであるから...」
という話の応酬が4時間以上続くわけであります。この手のテニスラリーのような会話はビルゲイツだけではなく、スティーブ・バルマーを始めとする10人ほどが自分の一番得意とする領域でガンガン質問を投げてきて、それに全て返答しないと撃沈、退場ということになるのです。 それと比べれば私が採用面接で使っている質問攻めなんて軽い軽い!!!
5年目の予算会議、その年もまた数週間に渡る徹夜の連続で仕上げた数字とプランを持って会議に臨んだのですが、あまりにも激しい応酬に血圧最高、血管ブチきれそうになった瞬間、本当に「プチっ」という音がして何とお尻から下血、それもこれって「Kill Bill」の一シーンなのというような勢いで…予算会議の途中でついに私は「おい、このまま予算認めて通してくれないと、後5分以内に俺はこの場で死ぬぞーぉ、早く承認として救急車を呼んでくれぃ」と叫んだまま…ほぼ失神状態。
ひとまず、むりくり予算を通してもらい、お尻の手術を済ませて退院した後…最初のビルからのメールは「サム体大丈夫だった、退院おめでとう..ところでコピーマシンは同じリース契約を継続しているのかい?」..今は、ビルゲイツ君チーフ・ソフトウェア・アーキテクトとして技術の話以外には首を突っ込んでこなくなったけれど…それは貴方のタレントを活かすには賢明な策だと思いますよ。
では、ふるかわでした