
『TENET』クロスカッティングの名手:クリストファー・ノーラン
9/18 TOHOシネマズ上野
クリストファー・ノーランは常に「映画」と「時間」の関係性について描いてきた。『メメント』では10分ごとに時間を遡っていく。『インターステラー』では惑星ごとに時間の流れ方が違う。『ダンケルク』では陸・海・空それぞれの物語を違う時間軸の中で一緒に語った。そして『TENET』では文字通り時間が逆行した。
映画は時間の制約を受ける芸術だ。DVDや配信サービスでなら一時停止や巻き戻しなどすることは可能だが、それが映画館で上映されることを念頭に置いている芸術である以上、本質的には一度再生されると終わるまで止めることも巻き戻すことも早送りすることもできない。私たちはそれが終わるまでただ黙って観ているしかない。
しかし、当の映画それ自体はどうかというと、実に時間というものを自由に行き来する。同じ二時間の映画があっても、我々と同じ時間の中で語られることもあれば、40年間を二時間で語ってしまうものもある。カメラが写し取るのは紛れもなく我々が過ごしているのと同じ時間軸だが、編集の力によってそれを1秒にも100年にもすることができる。我々は映画を外側から支配することは出来ないのに、映画それ自体は時間を自由に操れる。映画とは実に「時間」というものと密接につながっているのだ。
だから、「映画の中の時間」に興味を持っている監督は実に多い。その中でも病的に興味を持っている監督がクリストファー・ノーランだ。彼は映画を映画館で上映することに強いこだわりを持っているが、それは「映画は一度始まったら誰にも止められない」という信条に基づいているからだ。
ノーランが常に使う手法の一つに「クロスカッティング」がある。2か所以上の異なる場所の出来事をカットバックで交互につなぐことであたかも同時に起こっているかのように見せ、観客のエモーションを高める手法だ。D・W・グリフィスの『国民の創生』で一般化したこの手法を、ノーランは必ずといっていいほど使っている。『ダークナイト』でも筆者が覚えている限り三回以上使われているし、『ダンケルク』ではほぼこの手法だけで映画が出来ているといっていい。そして今作『TENET』でもラストの山場でこの手法が使われている。ここで重要なのが、このクロスカッティングでつながれる出来事の時間軸が必ずしも一致していないということだ。『ダンケルク』では陸・海・空それぞれで語られる時間の長さが違うが、それをクロスカッティングでつなぐことであたかも同じ時間軸の中で語られているかのように見せている。違う時間軸の物語を、同じ時間軸の物語にしてしまう。映画にしかできないマジックだ。そしてノーランはこれを使うのが実に巧い(使いすぎてる時もあるが)。
ずっと鳴り続けてる劇伴がうるさいとか、物事を片付けてるだけでちゃんと演出してないとか、車の撮影がカッコいい(ノーランの映画はいつも車がカッコいい)とか、言いたいことはたくさんあるが、ノーランの「時間」と「映画」の考え方は実に興味深いので、今後もそこに注目していきたい。