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初めに、この話は結論が出ていない。
何度考えても答えは出ず、思考がまるで水族館の大水槽を泳ぐ魚たちのように、同じ場所を同じ方向にぐるぐると周っているだけ。
このもやもやを一生抱えて生きるんじゃないかと思うほど。
さて、私が何に対してこんなにもやもやとした黒い感情を抱えているのかと言うと、高校時代の友人と偶然街で遭遇したことがきっかけだ。
彼女は私と同じ高校で一緒に青春を過ごした。
絵がとても上手く、ハンドメイドまでできる手先の器用な子で、その独特な世界観やさっぱりした性格が面白くて私と相性が良かった。
高校卒業後はお互いに就職し、休みの日が合えばよくご飯を食べに行った。
彼女は、社会人になってからできた彼氏にひどいフラれ方をされ心底傷ついていたのか、短いスパンでいろんな男性と付き合い、ほぼ毎日デートに出かけていた。
新しい彼氏ができたと報告をうけても、しばらくして恋人のことを尋ねると既に別れていたり、1週間も続かないことも珍しくない。
そんな自由な彼女も好きだった。
男性と付き合う度にたくさん傷つき、もう恋愛はしばらくしないと泣きながら電話してくる彼女を、辛かったねと慰めた深夜は間違いなく女の友情で満ち溢れていただろう。
でも、またすぐにマッチングアプリで新しい彼氏をつくる彼女に半ば呆れながらも、彼女の恋愛珍道中を聞くのは楽しかった。
そんな彼女は半年前に仕事の関係で転勤したが、最近仕事を辞めて戻ってきたらしく偶然街で再会した。
隣には、見たことがない爽やかで穏やかそうな若い男性。
彼女は私に、彼のことを彼氏だと紹介した。
寂しさを埋めるために恋愛をしていた彼女が、心から好きだと言える相手を見つけたのはとても嬉しかった。
幸せだと語る彼女とそれを聞いて照れる彼女の彼氏に、幸せそうで私も嬉しいと声をかける。
彼女がふと、そういえば彼はさめちゃんの彼氏と名前が一緒なんだよと言った。
私の彼氏は特別珍しい名前ではないが、びっくりした。
それと同時になにか言い表せないようなもやっとした感情。
名前が同じってだけなのに、自分の彼氏と重ねてしまったのかもしれない。
なんとなく気まずい雰囲気になるのは嫌でいつものノリみたいな感じで、私のことが好きすぎて彼氏の名前までおそろいにしちゃったんだ〜!と彼女をからかった。
彼女は、何言ってるの?酔ってる?と笑った。
そこで気づいた。
彼女は私といる時の彼女じゃなかった。
彼女は恋人といる時の彼女だった。
いつもなら、そうそう!同じ名前の男探すの大変だったんだからね〜なんて言いそうな彼女とは別人だった。
今度ご飯に行こうと別れの言葉もそこそこに、お互い家路につく。
私は帰ってシャワーを浴びながら泣いた。
もやもやは増殖して、もはや彼女の幸せを素直に喜んであげられなかった。
そんな自分にも嫌気がさした。
手を繋ぎ、家まで送ってもらい、別れ際にキスをして幸せな気持ちでベッドで眠りにつく彼女と深夜の風呂場で自己嫌悪に支配されて泣く私。
何がこんなにも違うんだろう。
いつもならシャワーですっきりする思考も、このもやもやだけはシャンプーの泡とは一緒に流れていかなかった。
私は恋愛的に満たされていない。
自分は充分幸せだと感じられなかった。
だから、人の幸せが素直に喜べない。
もしかしたら幸せそうな彼女へ対する嫉妬かもしれない。
偶然、名前が一緒だっただけで仕方ないのだが真似してほしくないという理不尽な怒りかもしれない。
または、満たされない自分を悲観していたのかもしれない。
私は彼女のことが大好きだ。
自分の結婚式には必ず出席してもらいたいし、友人スピーチでちょっと恥ずかしい過去の話なんかも話してくれていい。
彼女の2時間の遅刻だって許容できる。
どんなに離れていたって誕生日にはプレゼントを贈りたい。
でも、彼女の幸せを喜べなかった。
彼氏の名前が一緒というだけで。
しょうもないのは自分がよくわかっているが、無理だった。
この感情に名前をつけられない。
自分が彼女に対してどんな感情を持っているのかわからない。
だけど、彼女の幸せが溢れ出たインスタのストーリーは見たくない。
それだけは紛れもない事実だった。
私は彼女の友達でいいのだろうか。
こんな感情を持ったまま、彼女と過ごしていいんだろうか。
でも、彼女とはずっと仲良くしたい。
そもそも、この感情は何なんだろう。
彼女のインスタのストーリーが更新されたと通知が来るたびに最近はそんなことをずっと考えている。
彼女から、彼氏と別れたと連絡がくるまでこの感情を持ち続けるんだろうか。
もしもそうなら、私はずっとその感情を抱えて彼女と関わっていく。
別れてほしいわけじゃない。
不幸なんて、彼女が傷つくことなんてこれっぽっちも望んでない。
彼女の不幸な恋愛話を聞いて、自分は幸せだとか恵まれているとかそんな感情を持っていたのかもしれない。
否定はできない。
わからないけど、知らず知らずの間に優越感を感じていたのかも。
そうかもしれない。
でも、彼女の幸せを望んでいる。
身勝手だなぁ。
矛盾してるなぁ。
そんなふうに思いながら、ネットサーフィンをしてリンクを踏む。
真っ白な画面にデカデカと"404 Page Not Found"
諦めてタブを閉じる。
この感情が何なのか見つけられない私の頭にも、考えようとするたびに"404 Emotions Not Found"と表示してくれれば、もうこんな感情なんて存在しないんだとすんなり諦められるのに。
そんなことを考えながら、私は今日も黒いもやもやと手を繋いで生きている。
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