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老婆

「すみません。」
声をかけられて顔をあげる。
「今日は空が青いですね。」
続けて声の主が言う。
声の主は腰が少し曲がり、塀と杖で体を支える年老いた女性だった。空への距離はほんの少しばかり私の方が近いのに、地面への距離が近い彼女の方が空を見ていた。
「本当ですね、すごく晴れてますね。」
当たり障りのないことを返し、顔を見合わせて会釈をしてから駅へと足を向けた。きっと口角は上がっていたと思う。
 駅までの道のりはずっと空を見ながら歩いた。16時前の和泉多摩川の空は青く澄んで秋と夏の空気を含んでいた。

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