-偽りのシンユウ-
これまでの恋愛遍歴の中で、最低な男と言えば不動の一位に君臨する男がいる。
彼には、騙されて、弄ばれて、傷つけられた。
わかっていた。
私が一番ではないことは。
わかっていた。
私が特別になれないことを。
わかっていたけど、自分から彼を遠ざけることなんてできなかった。
彼のこと、好きだったから。
誰を介して知り合ったのか覚えていない。
でも出会った日のことを覚えている。
みんなで飲んでいる中、あまり会話は交わしていなかったけれど、なぜか二人で飲みなおすことになった。
連れて行ってもらったのはオートロックがかかっている隠れ家的バー。
店員さんと親しそうに話し、慣れた感じで注文する彼に、惹かれるなという方が当時の私には難しかった。
身長は私より低かったけど、国立大学を出てテレビ局に勤めている彼は、偉そうなくらい堂々としていた。
関西弁で気さくな彼は、頭が良くて、スポーツもできて、仕事もできて、裕福な家庭に育ったお坊ちゃまだけど不良でSな、少女漫画に出てくるような憧れのヒーロー像に近かった。
同い年だとわかり、学部も同じだったこともあり、すっかり打ち解けたところで彼が言った。
「お前はこれから俺の親友や」
これから仲良くしてや、と再度乾杯したときにはもう、恋に落ちていたんだと思う。
これからどれだけ彼に翻弄されるとも知らずに。
2回目に会った時、彼の車で家の近くまで送ってもらった。
「家に上げてくれんのや」と彼の少し落胆した表情に申し訳なさを覚えるも、身持ちの固い女でいたかった。
そんな演出も、彼の巧みな言葉の罠にすぐに陥落するのだけど。
彼の中での「親友」とは、電話で簡単に呼び出せる女トモダチのことだった。
さしずめ「身友」か。
彼には、東京に転勤になる前から付き合っている彼女が地元にいて、その彼女と別れるつもりだと言う。
「別れたらちゃんと言うわ」と言う彼を信じて、私は簡単に、呼ばれれば彼が指定する場所に向かう女になっていた。
そのうち本当に、彼女と別れたって彼が報告くれたから、いよいよ告白されるんだと内心ドキドキしていた。
でも一向に、そんな話にはならない。
ある時、意を決して彼に聞いてみた。
「私たちって付き合ってるの?」
「当たり前やろ、なに言うてんねん」
って返ってくると思ってた。
期待なんかぢゃない。
確認の質問にしか過ぎなかった。
でも彼から返ってきた言葉は、「付き合ってはないな」。
私にそれ以上、追及する気力はなかった。
付き合ってよ、なんて言えなかった。
ましてや、身を引くこともできなかった。
名前のない関係に甘んじたのは、他でもない私だ。
歩きたばこは当たり前だったし、タクシーに乗ればドライバーに横柄な態度を取るような、人としても最低な男だった。
ただ、彼と一緒にいると、なんだか私も特別な人間なんだと勘違いさせられる。
「やっぱりお前が一番や」って、私の欲しい言葉をくれる彼は、やっぱり頭が良かった(私が単純なだけか)。
彼の家の冷蔵庫には、スキンケア商品が冷やされていた。
誰の?と聞けば、妹の物だと言う。
きっと嘘だろうけど、それ以上は追及しない。
一緒にいるときに、明らかに彼女らしき相手から電話がかかってきた。
誰から?と聞けば、姉貴だと言う。
きっと嘘だろうけど、それ以上は追及しない。
一緒に飲んでいて、途中で彼が姿を消した。
どこに行ったの?と聞けば、酔っ払ってトイレで潰れていたと言う。
きっと嘘だろうけど、それ以上は追及しない。
前戯や愛撫の仕方が変わった。
好きだろ?と聞かれても、何も答えられない。
きっとそれは違う女だから。
私が入院をして手術をした後も、私の身体の心配をしてくれるような人ではなかったけれど、私はいつもどこかで期待していた。
彼は結局は私に戻ってくるんだと。
本当に盲目になった恋だった。
彼が芸能人とスクープされたのを知ったのは、偶然だったと思う。
目元を隠されていても、背格好や雰囲気、説明されている特徴が彼と一致した。
芸能人のブログをチェックすれば、彼のことが書かれてあった。
○○(女性芸能人)と付き合っているの?と聞けば、大勢で飲みに行った帰りに撮られたと言う。
使い古された言い訳だけど、それ以上は追及しない。
そしてしばらく経って、その芸能人が彼と別れたことを赤裸々に告白していた。
彼の家に行ったら、別の女が窓から逃げたと。
その女は、私ではない。
せめて、私が原因で別れて欲しかった。
私に幸あれ。