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-追われる恋-
男というのは、自分の強さを誇示したい生き物である。
強さというのは身体的な強さだけではなく、勤めている会社のネームバリューや年収の高さ、政治的権力など社会で確立された地位をも表す。
これまで、反社会的勢力という地位は、ある一定の強さを持ち、強さの象徴でもあった。
映画やドラマの題材となりシリーズ化されヒットするのも、無意識に持つ強さへの憧れという感情の結果なのだろう。
しかしその感情も、自分の身近にあると意外と色褪せるものだ。
アルバイト先で知り合った彼が、反社会的勢力と繋がることになるなんて、最初は微塵にも思わなかった。
本社に時々出入りする彼は、営業所に配属されていたエンジニアで、物静かな人だった。
あまり人が近づかない作業場にちょこちょこ遊びに行っていた私は、いつしか彼と外で会うようになる。
彼に婚約している彼女がいることを知った時には、既に彼のことを好きになっていたんだと思う。
結果、略奪する形になってしまった。
婚約破棄をして私と付き合うようになった彼は、いつも何かに怯えているようだった。
二人で外でデートするにも、私と時間差で入退店したり、車を運転する際にはミラーをしきりにチェックしていた。
聞けば、婚約していた彼女の兄がソッチの人であると言う。
妹との婚約を破棄した自分に、兄が何か報復を仕掛けてくるのではと考えていたのだ。
彼の部屋の窓が誰かによって割られたことをきっかけに、私は彼と新しい部屋を借りて同棲を開始した。
母にきちんと彼氏を紹介したのは、彼が初めてだった。
同棲を始めるということでわざわざ実家まで赴き挨拶の場を設けたのだが、彼の実家に私が行くことはなかった。
息子が婚約破棄したかと思えば新しい彼女として学生の私を紹介される彼の両親を想うと、その当時の私の虚しさは取るに足りないものだ。
ましてやそこまで危険を冒した関係も、大して長く続かなかったのだから。
「追われている」
と、彼がいつもに増してスピードを上げたのは、二人で遠方にドライブに出かけた時だった。
運転が好きな彼は、得意のドライブテクニックで追手の車を撒いたらしいのだが、追手という存在を見つけられずにいた私は、どこか現実味に欠けていた。
本当に彼が追われていたのかは知らない。
彼が「反社会的勢力に追われている自分」に酔って過剰に反応していただけかもしれない。
それが彼の強さだと勘違いしていたのは私だ。
彼に愛情を持てなくなった私は、彼が仕事に出ている間に自分の荷物を運び出した。
二人で買った(支払いは彼だが)ビデオカメラを持ち出した私に、ブロックしては新しいフリーメアドで執拗に返せと迫る彼から、私は追われる恐怖を知らされた。
あの古いビデオカメラは、メルカリで売れるだろうか。
私に幸あれ。