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【百物語】鈴鹿御前
はじめに
鈴鹿御前のストーリーです。
家族
そこの旅人さん、このまま先に進むと海に出ますが、そんなに急いでどこに向かうのです?
もう暗くなりました。夜に船を出すのは危険です。もし岩礁にぶつかったら、大変なことになりますよ。
今日はゆっくり休んで、明日凪いでから、また船に乗るほうがいいですよ。
この広い海に浮かぶ、この島で出会ったのも、何かの縁ですよ。
この島に起きたことに、興味はありませんか?
同じ海で暮らしている方なら、きっと無数のお宝が隠されている「鈴鹿山」のことを聞いたことはありますよね。そう、ここが鈴鹿山です。
島なのに、なぜ名前に山とついているのですかって?名付けた者もそこまで考えていなかったでしょうし、気にしないでください。
私が話すのは、この島の物語です。
波が荒れ狂う大海を目にして、そこに人食いの悪鬼が住んでいると語る人がいれば、それは怒りっぽい神だという人もいる 。
深海に何がいようと、それを討伐できれば、民は自分に従ってくれるだろう……海港の大名はそうに企んだ。
戦好きの大名は家臣「村田」とその娘に討伐を命じた。数日後、凱旋した船隊と共に戻ったのは、田村親子と僅かの武士だけだった。
「悪鬼の首は、拙者の娘が切り落とした。皆様ご安心くだされ。」
田村は大声で叫んだ。
私はその首を握りながら歩き、首から流れ出る血は人だかりの中に残された私の足跡を赤く染めた。
か弱き女子が狂暴な悪鬼を成敗したとの逸話は天下に知られ、都のお上の耳にまで届いた。
しばらくすると、田村の娘には「鈴鹿御前」の地位が与えられ、港を守り、海妖を退治する女武将に任ぜられた。
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私の意思。すなわち海の意思だ。
田村の娘は、深手を負ってとっくに島で息を引き取っていた。
彼女であると装って陸地に戻ってきたのは、私……人間たちに「悪鬼」と呼ばれる者だ。
弱肉強食の世界で生き延びることは容易くない。海の首領たちをすべてねじ伏せて、海妖異獣たちの頂点に立った私は、私に従う強き者たちが人間の女子の刃で殺されるのを見た。
彼女は刀が手から滑るようになれば、布で武器を手にきつく縛り付けた。傷から血が流れ出れば、赤く焼かれた鉄で傷口を焼いて塞いだ。
人間がこれほど広大な土地を占領することができたのは、兵法、謀略、戦術のおかげだと思っていたが、彼女が身の危険を顧みず兵士の撤退を掩護する姿を見て、私はわかったのだ。人間を今日まで支えてきたのは頭脳だけではない。彼らの魂には何かが刻まれているのだ。
「教えてくれ、あなたの強さのわけを。」
愚かな手下が彼女に不意打ちをかけた。私が答えを得る前に、彼女は血だまりの中に倒れた……
彼女の秘密を知るために、私は手下の首を手に持ち、彼女の姿で人間の世界にやってきた。
私は「鈴鹿御前」として田村の家に住み、彼が武道の修行を行い、用兵の術を研くのを観察した。
田村の配下の兵たちは私を「お嬢様」だと思い込んで、戦場では私の意のままに動き、平時には共に海辺で酒を飲んだ。
そうして数年が経ち、私は軍のことを隅々まで知り尽くすことができたが、望んだ答えは得られなかった‥…なぜ人間はいつも己の限界を突破して、魂の奥にある力を引き出せるのか?
ある日、みんなが酒に酔った機会を見計らって、武道と兵法に一体どんな智慧があって、なぜ強敵を次々に打ち倒せるのかと、私は田村に聞いた。
「侍たるもの、武芸の義理、これに勝るものなし。」
彼の目線は周りの兵士に向けられた、彼が信頼する兵士たちだ。彼は私に目を向け、緩やかに語り始めた。
「義理というもの、それはたとえ血筋や出自が異なれど、ここにいる者は皆我が一門であり、皆我に命を預けておるということだ。同じ家名に属する者は最も頑丈な盾となり、我が一族はすべてを打ち砕く刃となろう。」
家族のため……田村の回答は私を悩ませた。
本当に彼の娘なら、私にもそのような力が得られたかもしれない。しかし、我と彼の親子の関係は、ただの偽りにすぎなかった。彼が言う「義理」をどうすれば理解できるようになるだろうか…。
懸念が払拭されないないまま、私はまた海辺の「戦場」に送られた。
陰陽師鈴鹿御前絵巻仁義
陰陽師鈴鹿御前絵巻極限
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隙あり!
そこには幼い海妖が一匹いて、やりたい放題に人間の市場で騒ぎ立てていた。手合わせをしてみると、すぐに他の海妖と異なり、そいつは全力で戦わなければ倒せない奴だと分かった。
田村も私が人間ではないことを看破した……いや、とっくの昔に、私が娘ではないことに気付いていたのかもしれない。ともかく、彼は私に、変身の術を解き、妖力をすべて解放しろと言った。
彼の目の中の確固とした決意を見て、私は一瞬彼こそ私の本当の親だ、信頼できる家族だと思った。
そして、彼の言った通り、私は皆の前で本来の姿に戻った。
戦いで私は多くの妖力を使い、やっと奴をねじ伏せた。
振り返ると、私が妖怪であることを知った人間たちが、私に武器を向けて迫ってきた。
いまさら隠す必要はもうなかったが、田村は私の前に立ちはだかり、島で起きた本当のことを教えてくれと頼んできた。
「よかろう。私の記憶をあなたに見せよう。」
彼の娘は死ぬ間際でも「家族」が無事に逃れられるようにと必死だった‥…私は妖術で田村にすべてを見せた。
田村は苦しみ悲しんだが、私は慰める術を知らなかった。そして、彼は私を驚かせる決断をした。
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おそれるな。
彼は大名に面会して、私は娘の鈴鹿御前で、妖怪ではないと弁明しようとした。だがそれまで、私は家臣たちに捕まるわけにはいかない。
「早く行け!私なら大丈夫だ。」
彼は真実を語ったのか、それとも私をそこから離れさせるための口実だったのか?私にはわからなかった。
しかし、私はわかったのだ。たとえ血のつながりがなくとも、この数年、彼は私を本当の「家族」だと認めてくれていたのだ。
彼は自分の命を賭してでも守りたいのだ……彼の家族を。
田村は……私の父だ。
彼が教えてくれたのは、「義理」の力、「家族」の絆、それは人間の魂の最も温かく強い光だった。
陰陽師鈴鹿御前絵巻鈴鹿
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いつかこの手で…皆の帰る場所をつくってみせる。
幼い海妖の名は大嶽丸といった。
私は父から学んだすべてを持って、大嶽丸と共に海に戻り、「鈴鹿山」という家を建てた。
陰陽師鈴鹿御前絵巻鈴鹿
「見えたか?今日から、ここが私たちの家だ!」
砂浜にある石ころを拾い上げ、無限に広がる海へ投げていった。
石ころは、おおよそ百尺の距離、水面を叩き水しぶきを何度も上げて飛んでいき、やがて粉々になった。
大昔、一人でここの海域を統べた時、寂しいと一度も思わなかった。
しかし、一時期京で暮らして、賑やかで喧騒な街に慣れて、海がこんなに静かな場所と気づいた。
木の枝で砂浜に字を書きながら、私は叫んだ。
「決めた。ここは鈴鹿山と呼ぶ!私たちが国を作り、この海国の当主になるのだ!」
神社って…こんな物でいいのか?記憶と少し違うが、どこかに赤い柱が立っていれば、神社になるだろう!
あとは「父上」の屋敷か…海で集めた木や瓦礫を積み上げてみたけれど、とても人間が住むような家には見えない、これは記念として残しておくことにしよう。
「大嶽丸のやつ、またどっかへ行ったのか?」
言ってるそばから、大嶽丸が海から現れた。後ろには、縛られている蒼白な顔をしている十数匹の海の妖怪が見えた。
「何度も言ったでしょう、同族の妖怪をいじめるなって!今夜も焼きウサギを食べたいなら、言うことを聞きなさい!」
大嶽丸に説教したあと、私は妖怪たちの拘束を解けてあげた。彼らは恐れ恐れ海へ入っていき、視界から消えた。
彼らは仲間を連れて復讐をしにくるかもしれない、そしたら、二度と鈴鹿山へ近寄れなくなる。
きっと、奴らもここは、仲間を大切にし、居場所のない妖怪を家族のように受け入れる。特別の島だと分かってくれるはずだ。
陰陽師鈴鹿御前伝記3
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優しさは…この海を守る固い盾となる。
父上から学んだ「優しさ」で、この場所を皆が平和で暮らせる鈴鹿山にすると決めた。
最近、鈴鹿山にやってきた海の妖怪が増えすぎて、皆の名前を覚えるのに苦労している。例えばあの七人岬。
食材の仕入れと宿の管理から、兵士の訓練まで大嶽丸に任せた。
私は時々、砂浜に流れてきた資材を洞窟まで運んで、壮大な計画を実現させるための準備をしている。
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ついてこい。我らの鬼船はどんな荒波でも乗り越える。
私は鬼船の大群を作ろうとしている。鬼船は鈴鹿山の象徴となり、旅をしている間、海から皆を守ってくれるのだ。
海の妖怪は自由に海の中で行動できるから、人間のマネをするだけ無駄だと、海鳴りは言った。
それでも私は、鈴鹿山の妖怪たちに鬼船を誇ってほしい。どの水域に入り込んだとしても、鬼船が見える限り、そこは彼らの家になるんだ。
どれぐらいの時間をかければ、この漂着物が船の姿になるのかは分からないが、この私だけが、やり遂げる任務だ。
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陰界の弓は日を破る。
大名
田村。そなたは悪鬼を生かし、お上を欺き、民の安全をおざなりにした。
だが海の妖怪を討伐した功績により大名様のご慈悲により...切腹の刑にする。
鈴鹿御前
父上...。
鈴鹿御前
人間と海の妖怪は長年対立しつづけていた。
一人の人間の死は私には関係ないはずだ。
海に戻り、海の一族を率いることこそ、私のやるべきこと...だったはず。
だが、なぜか私の心がどうにも落ち着かないんだ。
大嶽丸
なぜって。あの人がお前の大切な人に決まってるからだろう。
鈴鹿御前
そうか...彼女が言いかけていた答えはこのことだったのか。
…大嶽丸。しばらく鈴鹿山をお前に託す。
大嶽丸
何で急に?
鈴鹿御前
彼岸花が私を呼んでいるから。
私にはまだやらなければならないことがある。
でも安心して、必ず帰ってくるから。
大嶽丸
お前が決めたことなら信じてやるよ。
鈴鹿山は俺に任せろ。奴らの事は俺が絶対守ってみせる。
鈴鹿御前
うん...。まかせた。
陰陽師鈴鹿御前動態絵巻6
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疾風怒涛!
彼岸花
「二百年…いや、『そちら』では二十日しか経っていないか…だけど、彼女が「賽の河原」であれほど時間をかけるなんて。ん?この轟音はまさか…。」
「うふふ、ようやく戻ってきたようね。鈴鹿山の海妖、鈴鹿御前。」
彼岸花
「久しぶりね、鈴鹿御前。例の件はどうだった?」
鈴鹿御前
「父の亡霊と、気味悪い怨霊どもをまとめて退治した。」
彼岸花
「お見事。でも案外時間がかかったわね。」
鈴鹿御前
「「賽の河原」——三途の川の支流が合流する場所。そこで妙な力にひっかかり、手間がかかった。誰かが仕掛けた罠かもしれない。そういえば、君はかつて「賽の河原」は三途の川でも最も謎多き場所だと言っていたが…」
彼岸花
「ええ、そこは時間さえ歪んでしまう。「賽の河原」の一日は、現世の十年に当たるのよ。あなたが出発した日から、既に二百年過ぎているわ。」
鈴鹿御前
「二百年!??ばかな…私は三日しか…」
彼岸花
「深入りするほど、時間の歪みもひどくなるの。そう…もし本当に「妙な力」を感じたなら、誰かにハメられた可能性があるわね。」
鈴鹿御前
「くそ!!早く鈴鹿山に戻らねば。」
彼岸花
「いいえ、あなたが向かうべき場所は鈴鹿山じゃないわ。都よ。前方の小妖怪をやっつけなさい。あなたの「家族」が、都で待っているから。」
海坊主
「おいそこ、待ちなされ!その匂い…貴様は海国の妖か!?」
鈴鹿御前
「鈴鹿山の鬼船は今どこだ?」
海坊主
「なっ、なに?」
鈴鹿御前
「大嶽丸たちは今、どこにいる?」
海坊主
「ううっ。やはり海国の残党か。今更晴明様に知らせるのも手遅れ。大人しく都から出なさい。この地で騒ぎを起こすでない。」
鈴鹿御前
「もう一度聞く。私の「家族」は――どこだ!」
「言え。命を取るつもりはない。」
海坊主
「かっ、彼らは戦に負けた後、都の結界の外の海域に追いやられたはずだ…南東の方角を目指して進めば…いっ、いずれは出会うだろう…」
鈴鹿御前
「…感謝する。大嶽丸、そしてみんな。私を待っていてくれ。」
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我が名は鈴鹿御前。
ここは、まだ未踏の海域のようだ。
ふむ…赤い光を放つ珊瑚、透き通った玉石、そしてここを守ってる珍獣たち……どれも素晴らしい宝物だ。
この紫の宝石は大嶽丸に…いや、あいつは金の類がいいだろう。
紫の宝石は蠍女だな。あとは蟹姫と久次良、やつらもきっと、気に入ってくれるはずだ。
人知れずここで眠るより、持ち帰って我が鈴鹿山の宝とした方が、この財宝たちも幸せだろう。
兵法曰く「二天一流」。私は私、大嶽丸は大嶽丸のやり方で鈴鹿山に反映をもたらすと約束した。
その甲斐もあって、今では商船が行き交う、栄えた海になっている。
財宝は日ごとに増え、海国の行列も段々大きくなってきた。最初は、金色の航路などこの世に存在しない、私と大嶽丸の夢は滑稽そのものだと疑った海妖も少なくなかったが…
彼らは知らなかっただけだ。鈴鹿山への海路がいずれも金色の航路だということを。
私たちが少しずつ築いてきた家は、今では人も妖もあこがれる楽土となり、現世で最も豊かな地域になった。
参考
おしまい
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