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講演で寄せられた3つの質問に答えました
2025年2月10日(月曜日)19:00〜21:00、沖縄県障がい者ITサポートセンターさんからの依頼で《重症心身障害児の【デキル】ことを増やすe-ATの活用について》というタイトルの講演をオンラインでさせていただきました。
講演そのものは1時間半ほどで終わり、その後は質疑応答タイム。
3つの質問が寄せられましたので、それに答えた内容を書いてみます。
最初に始める視線入力用デバイスはゲーム用のトビーでも可能なのか?
2013年に99ドルで購入できる視線入力装置The Eye Tribe(現在は販売されていません)が発売されたことをきっかけとして、視線入力環境がローコストで構築できるようになりました。
※視線入力装置は欧米ではEye Tracker(アイ・トラッカー)と呼ばれており、日本では視線追跡装置、視線検出装置、視線検出式入力装置などと呼ばれることもあります。
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その直後の2014年、視線入力装置の開発・販売では世界No.1シェアを誇るスウェーデンのTobii Technology社がThe Eye Tribeとほぼ同じ価格でTobii EyeX Controller(現在は販売されていません)を販売開始!
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MacでもWindowsでも動いていたThe Eye Tribeとは一線を画し、Windowsでキビキビ作動するTobii EyeX Controllerは、世界中のゲーマーに歓迎されました。
※The Eye Tribeの性能はイマイチで、Macに接続した場合ほとんど使い物になりませんでした。
安価で購入できて性能も良かったTobii EyeX Controllerは、肢体不自由者・児の入力方法として活用されるようになり、それで作動する視線マウスアプリやコミュニケーション用アプリも登場するようになりました。
そんなTobii EyeX Controllerでしたが、当時は多くのWindowsPCに普及していなかったUSB3.0ポートに接続しないといけないため、ユーザーの中には購入をあきらめる人も少なくありませんでした。
そこで、Tobii Technology社はユーザーの拡大を狙って、USB2.0で作動するTobii Eye Tracker 4C(現在、新品は販売されていません)を2016年末に発売開始!
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しかも、2017年1月からAmazonで購入できるように販路を拡げましたので、日本在住の視線入力ユーザーが爆発的に増えました。
さらに、2017年10月17日に提供が開始されたWindows 10 Fall Creators Update以降、Windows の「簡単操作」の機能としてTobii Eye Tracker 4Cを使って視線によるマウスカーソルの制御が行うことができるようになり、肢体不自由者・児の入力手段として視線入力がしやすくなりました。
そして、2020年には精度がよりアップしたTobii Eye Tracker 5が発売開始!
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肢体不自由者・児の教育や療育の現場で最も多く活用されているEye TrackerはTobii Eye Tracker 5だと思います。
なぜなら、Amazonでも買える上に安価だからです。
質問者のようにEye Trackerのことを「トビー」と表現する方が日本にはたくさんいらっしゃいますが、「トビー」というのはスウェーデンに本拠地のあるメーカーTobii Technology社の名前の一部であり、Eye Tracker機器の正式名称ではありません。
できれば、ゲーム用Eye Trackerであれば「Tobii Eye Tracker 4C」や「Tobii Eye Tracker 5」、障害者のコミュニケーション用途として使うEye TrackerであればTobii Technology社の子会社であるTobii Dynavox社の「PCEye 5」や「PCEye mini」といった正式名称で呼びましょう。
Eye Trackerに関するウンチクはこれくらいにして、本題に戻ります。
「最初に始める視線入力用デバイスはゲーム用のトビーでも可能なのか?」という質問ですが、Samの答えはYESです。
ほぼ眼球(=視線)しか動かせないという重症心身障害児の場合、アクセシビリティスイッチへの入力が難しいので乾電池式オモチャで遊んだり家電品を操作してお手伝いをしたりといった活動は難しいと思います。
そのような目的や知育アプリに視線で入力する場合は、Tobii Eye Tracker 4CやTobii Eye Tracker 5のようなゲーム用Eye Trackerは使えます。
一方、音声付きシンボルや文字を視線で選んで意思の表出・伝達をするためにはPCEye 5やPCEye miniといったEye Trackerしか使ってはならないというTobii Dynavox社とTobii Technology社によるライセンス規約があります。
もちろん将来的には音声付きシンボルや文字を視線で選んで意思の表出・伝達ができるようになってほしいのですが、その場合、Tobii Eye Tracker 4CやTobii Eye Tracker 5のようなゲーム用Eye Trackerは使ってはならないというわけです。
※Eye Trackerを開発・販売しているメーカーはTobii Dynavox社を含むTobii Technology社だけではありませんが、そういうメーカーはTobii Eye Tracker 4CやTobii Eye Tracker 5のようなローコストEye Trackerを販売していませんし、日本で使う場合、個人輸入しないといけない上にサポートも受けられませんので活用するにはハードルが高いと思います。
PCEye 5(やPCEye mini)といったEye Trackerは、2025年2月24日の執筆時点では税込価格で220,000円ほどしますので、「話題の視線入力をちょっと試してみようかな」というケースでは手が出しにくいですよね。
その点、ゲーム用のTobii Eye Tracker 5であれば、2025年2月24日の執筆時点では税込価格46,990円で購入できますので、手を出しやすいかもしれません。
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そういう意味で、「最初に始める視線入力用デバイスはゲーム用のTobii Eye Tracker 5でOK」だと思います。
もちろん、PCEye 5(やPCEye mini)を入手できるのであれば、それに越したことはありませんが…
e-AT支援を行う際、まずはスイッチから始めますか?
2番目の質問は「e-AT支援を行う際、まずはスイッチから始めますか?」という内容でした。
Samの答えはYESです。
重症心身障害や重度・重複障害と評価・診断されがちな子どもたちとたくさん出会ってきました。
Samは彼らのことを「評価・診断されがちな子どもたち」よく表現します。
私たちが評価したり医者が診断するには、言語だけでなく動作(意図的なものもそうでないものも含む)や何らかのきっかけによる心理的・肉体的緊張がもたらす筋肉の緊張・弛緩など、さまざまな彼らの表出や反応が目安になっていると思います。
そころが、重症心身障害児(や重度・重複障害児)の中には外部からの働きかけに対する反応が分かりにくいため「この子は、運動機能も知的機能も重度だ」と評価・診断してしまうのではないでしょうか。
でも、我々にはわからないほどに微弱な反応を呈している可能性は0ではないとSamは思うのです。
2020年2月20日にGoogleのYouTubeチャンネルでProject VOICEというタイトルのショートムービーが公開されました。
このショートムービーに登場する田中あかりさんは脊髄性筋萎縮症(SMA)Ⅰ型による重度の肢体不自由があり、眼球以外動かせないと評価・診断されていました。
ところが、肩甲骨を意図的に動かすことができるのです!
生活の大部分をベッドやストレッチャー型の車いすを利用していますから、隠れている背中の横についている肩甲骨が動かせるなんて誰も思わないわけです。
ママさんから教えてもらってSamもあかりさんの肩甲骨を触らせてもらいましたが、「動かして」と言うとタイミングよく動かせるのです!
したがって、そこに反応する空気圧センサーも視線の動きと併用して入力手段として使えます。
あかりさんはそういった方法で意思伝達装置を使って阪神タイガースの近本選手と会話している様子が上記ショートムービーなのであります。
あかりさんの例を出すまでもなく、意図的かどうかは別にして、重症心身障害や重度・重複障害と評価・診断されがちな子どもたちも、どこかは動かせる部位があるはずです。
彼らの動作は、姿勢によっても、天候や湿度、時間帯などによっても動かしやすさに違いがあると思います。
意図的ではない動きであったとしても、その動きをアクセシビリティスイッチで検知し、彼らにとって【お得なこと】が起きるような環境を構築すれば、意図的な動きに変わるケースをたくさん見てきました。
最近は「猫も杓子も視線入力」という風潮がありますが、まずはアクセシビリティスイッチ入力を試してみることをオススメします。
その方が準備も楽で、安価に始められます。
なにより、家庭や学級などでお手伝いしてもらったり、みんなの役に立つことができるようになれば、彼らの意欲の向上に寄与しますし、周りの人たちも支援の励みになると思うのであります。
何歳からe-AT支援の導入を行うのが良いのか?
3番目の質問は「何歳からe-AT支援の導入を行うのがいいか、先生がこれまでかかわってきた中でだいたい何歳から支援を始めますか?年齢は特に関係ないのかを知りたいのですがいかがでしょう」という内容でした。
Samの答えは「医者から診断された瞬間からe-ATの活用を始めると良い」ということです。
もちろん機器を揃えなければなりませんし、入院することになれば、おいそれとe-AT活用ができるわけではありませんが、それだけ早期に取り組むべきだと思っているのです。
なぜかって?
e-ATは体を動かすことに困難な人たちの口であり手だからです。
1995年頃、米国の老舗e-AT機器メーカーAbleNet社のCEOとExecutive Directorを招いて講演会をしたことがあります。
その際、同じような質問が出されました。
「スイッチやVOCAは何歳から使うと良いのですか?」と…
それに対してAbleNet社のExecutive Directorを務めていたPeggyさんがフロアの参加者に次のような質問をされました。
「この中で自転車に乗れる人は手を挙げてください。」
ほとんどの人が手を挙げました。
続いてPeggyさんは「その中で、自転車に乗れるようになるまでにコケたことの無い人はいますか?」とといかけられました、
すると、手を挙げていたひと全員が手を下ろしました。
続けざまにPeggyさんは「初めっからうまく自転車に乗れる人はいませんよね。補助輪を付けたり、後ろから誰かに支えてもらったりしながら、何度も何度もコケながらうまくなっていったのではないでしょうか?e-ATを使うのは補助輪や後ろから自転車を支えることと同じなんです。だから、必要だと思った瞬間から導入すべきです。」と答えられました。
言葉を覚えるまでVOCAを使っちゃいけませんか?
アクセシビリティスイッチに入力できるようになるまでオモチャで遊んじゃいけませんか?
それまで、ず〜っと受動的に暮らさないといけないんですか?
そんなことはないですよね。
「肢体不自由教育とは、子どもたちを受動的な存在から能動的な存在に変える教育だ」と教えてくれた先輩の言葉もSamの考えを後押ししてくれています。
重症心身障害や重度・重複障害と評価・診断されがちな子どもたちは、自分ひとりで動いた(=移動する)ことがありません。
可能であれば、下の動画のようにアクセシビリティスイッチ入力で移動できる環境を作り、自分の行きたい所に行ったり、友達と鬼ごっこしたり、ケガをしない程度に人や壁にぶつかりに行ったりすると痛快じゃないでしょうか。
他にも乾電池式水鉄砲を使ってイタズラしたり、かき氷を作ったり…
子どもと相談しながら、楽しい活動を仕組んでいってほしいなぁと思います。