紀平選手の強さはトリプルアクセルじゃない

週末バンクーバーで開催されたフィギュアスケートのグランプリファイナル。
この大会で紀平梨花選手が初出場初優勝しました。

日本人選手の初出場初優勝といえば、2005年に優勝した浅田真央さん以来13年ぶりです。
当時の真央さんと同じように、シニアデビューシーズンに彗星のごとく現れ優勝をかっさらったこと、何より真央さんの代名詞であったトリプルアクセル(以下3アクセル)を跳んでの優勝ということで、連日メディアは盛り上がっています。

報道では、紀平選手がザギトワ選手を始めとする強豪選手に勝ったのは、とにもかくにも3アクセルを跳べるからだとされています。
しかし、私はそうじゃないと思うんですよ。
お茶の間観戦程度のちょっとしたファンですが、紀平選手の強さについて、持論を展開させていただきます。

①アクセル以外の5種トリプルジャンプに穴がない
フィギュアスケートでは現在6種類のジャンプが技として認定されています。
点数が高いほうから、アクセル、ルッツ、フリップ、ループ、サルコウ、トーループの6種類です。
男子の強豪選手は3アクセルが跳べて当たり前ですが、女子で3Aを跳べるのはごくごくわずか。
そこで重要になってくるのが、2番目に点数の高いルッツというジャンプです。

ルッツは踏み切る際にスケート靴のエッジを外側にぐっと倒すジャンプなのですが、これを苦手としている選手は結構います。
ここ数年無類の強さを誇っていたメドベージェワ選手も、実はこのルッツが弱点です。
ただ、ほとんどの選手が3アクセルが跳べない中、ルッツを確実に跳べるか否かは非常に重要となります。
ルッツが苦手で跳ぶ回数を減らした場合、もちろん技術点は下がります。

バンクーバー五輪のとき、ショートプログラム、フリースケーティングで合計3回の3アクセルを跳んだ浅田真央選手。しかしより高い点数を獲得したのは、3アクセルが跳べないキム・ヨナ選手の方です。
その一因は、キム・ヨナ選手が3ルッツが得意でこのジャンプで大きな加点を得ていたこと、さらに3ルッツ-3トーループという難度の高い3回転3回転ジャンプを跳んでいたからです。
一方の浅田選手は、当時3ルッツに不安があり、プログラムから外していました。さらに得意だった3フリップ-3ループという3回転3回転のコンビネーションも回転不足と判定されることが多く、こちらも断念していました。
浅田選手としては、3ルッツと3回転3回転の穴を3アクセルで埋めようとしたのですが、キム・ヨナ選手の正確な3ルッツを上回ることができませんでした。

ここでお話を紀平選手に戻します。
紀平選手はルッツ以下5種のジャンプで苦手とするものがありません。どのジャンプも難しい入りから美しく跳んでいます。
さらに3ルッツ-3トーループをはじめ、3回転3回転も問題なく跳べます。

これができるのは、世界的に見てもごく少数の選手だけです。
有名どころでいうと、やはりザギトワ選手。
オリンピックでメドベージェワ選手を上回ったのは、ザギトワ選手の5種のジャンプに穴がなかったことが大きな要因となりました。
紀平選手はザギトワ選手に迫るジャンプ能力を土台として、さらに3アクセルを跳べるから強いのです。
3アクセルだけですと、到底勝てません。

②3戦連続のいい演技で演技構成点が大幅に上がった
フィギュアスケートの採点は、技術点と演技構成点に分けられます。
シニアの女子だとその比率は1:1程度となっていることから、高い得点を取るためにはジャンプやスピンでの得点(技術点)だけではなく、演技構成点を上げていく必要があります。

この演技構成点。
スケート技術(SS)、要素のつなぎ(TR)、動作・身のこなし(PE)、振付・構成(CH)、曲の解釈(IN)の5つの要素で構成されています。
演技構成点の大きな特徴は、定量的・定性的な評価基準がないことです。いや、もちろん採点基準はあるのですが、こういう動きをしたら何点、時速何キロメートルで滑ったら何点、みたいな採点ではありません。
だから、良いのか悪いのかは置いておいて、試合で実績を積むことでじわじわ上がっていくのがこの演技構成点なんです。
そんなわけで、たいていの場合は、ベテラン選手の方が演技構成点は高くなります。

紀平選手、昨シーズン最後の大会である世界ジュニア選手権フリースケーティングでの演技構成点は57.50点でした。
私の中では、65点を超えてくるとトップ選手という印象です。
ジャンプミスが続いて演技にまとまりがなかったこと、まだジュニアであったことから、当時は57.50点にとどまっていました。

しかし今シーズン初戦のオンドレイネペラ杯で、ほぼノーミスの演技をし、圧倒的な点数で優勝。
ここで演技構成点は66.32点まで上がりました。
一気にシニアのトップ選手に躍り出ます。
続けて、主要国際大会であるNHK杯、フランス杯でいい演技をして66点台をキープ。

そして先日のグランプリファイナルです。
紀平選手の演技構成点は・・・なんと72.40点!
ザギトワ選手にあと0.30点まで迫りましたし、日本選手の中ではずば抜けた演技構成点を獲得していた宮原選手を上回りました。

紀平選手の演技構成点は、前述のオンドレイネペラ杯からの2か月で、6点も上がりました。
これは3ルッツジャンプ1回分の点数に相当します。
トップ選手のジャンプ構成はみな似たりよったりですので、ジャンプだけで大きな差をつけることは至難の業です。
それこそ、3アクセルや4回転ジャンプを取り入れるしかありませんが、難度が上がる分リスクも高い。

しかし、演技構成点が上がったことで、紀平選手はノーリスクでジャンプ1回分もの点数を上げることができたのです。
2か月という短期間でここまで点数が上昇したのはちょっと不思議ですが、今シーズンずっといい演技を続けていること、3アクセルを含む高難度の構成であること、プログラムに恵まれ彼女の良さが引き立っていること、などが重なっての結果かと思います。
このグランプリファイナルで、ザギトワ選手を圧倒するような演技をしたことも大きかったのではないでしょうか。

浅田選手が大人気だったことから、日本のメディアは3アクセルが大好きです。
だけど紀平選手の強さはそこじゃない。
高いレベルでのトータルパッケージだからこそ強いのです。

2週間後に迫る全日本選手権も楽しみですね。


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