70年一緒にいるということ①
祖母が亡くなる少し前、祖父が迎えに来た。リクライニングシートに寄りかかって半身を起こしていた祖母が突然、祖父を呼び、母がそれを確認し、笑っているかと尋ねたら、祖母はうんうん、と言っていた。そして母に向かってもういいよ、と言った。亡くなる1時間ほど前のことだ。
この日の朝から、祖母はもうあまり明確には話すことができなくなっていた。顔に少し歪みが出始めていて、私は朝から不安だった。その前日、夜中の11時過ぎに、祖母がトイレに行きたいというので半身を起こしたところで気分が悪くなり、涎のように胃液を吐いた。えづいていないのに涙も鼻水も出てきて、ああ、水が溢れているんだと思った。その後少ししてから喘鳴が始まった。ずっとではないけれど、時々、喉の奥が鳴っているような音がする。何かがたまっているのかもしれない。心配だったけれど、祖母はそれが苦しいという様子はなく、すぐに眠ってしまった。疲れたせいかと思っていたけれど、後で思えば血圧や血糖に変化があったのだと思う。
この日のお昼に、リビングから祖母の部屋にソファを移動させていた。前の前の夜、母が夜中に祖母がトイレに行った音をききつけてみに行くと、祖母が長い時間トイレに座って動かないので声をかけたところ、立ち上がれないから手を貸してほしいと言ったという。昼間はともかく、夜は危ないかもしれない、と思い、夜中、同じ部屋にいられるようにソファを運んだ。
この前の日から、私は祖母の隣の部屋で眠るようになっていた。水曜日の夜のことだ。この前日、火曜日から祖母には変化が起こっていた。珍しく朝から何も食べなかったのだ。昼過ぎになって母が勧めた苺と甘酒を飲み、夕方には母に促されてリビングに歩いてきた。そしてお風呂に入って、ごはんを食べようか、と言ったのだけれど、おなかが空いていないから、とソファで休んだ後、自分の部屋に戻っていった。
火曜の夜、祖母は少し調子が悪かった。私と母は、祖母の足が浮腫んでから、夜は気がついた時にそれぞれ3~4回ずつ程度、祖母を見に行く癖がついていた。明け方、トイレに行く時には音に気がついた母が見に行って、必要な時は手を添えたりしていたのだけれど、この日はいつ見に行っても苦しそうにしているので、2時間おきくらいに様子を見るような状態になっていた。
明けて水曜日。この日も朝から祖母はほとんど何も食べず、甘酒を少しと塩入の梅ジュースやヤクルト、ヨーグルトなどを口に入れていた。トイレに行こうともしない。歩くのが億劫なのか、聞いても行きたいと言わないので様子を見ているうちに夜になった。体が暖かくなったり、冷たくなったりする。胸につかえがあるせいか、胃が痛いというのでしょうがの温湿布を胸の下と背中に貼った。
この日の夜は、心配で隣の部屋に寝ることにした。布団を敷いて、この冬は一緒に寝ていた犬を連れて移動すると、戻ってしまうかと思っていた犬は大人しく布団に横になって寝始めた。
祖母は確実に調子を崩していて、この日は一時間おきくらいにうーんうーんとうなるようになっていた。吐き気がするのに吐けなくて辛いので、向きを変えたり、吐けないのだけれど吐きそうだと言って起き上がったりしていた。起こすつもりはないのだろうけれど、唸るので目が覚める。もういいよ、と言うのだけれど、一人で寝がえりも打つのも大変そうな状態になっていた。
この日、一緒の部屋で寝なかったのは、その前日まで一人で寝ていても大丈夫だったのに今日になっていきなり同じ部屋で寝出したら、なにかあるのではないかと不安になるかもしれないと思ったからだ。実際は隣の部屋にいるのだからそんなことを考える必要もなかったのかもしれないけれど、そのくらい、私たち家族は祖母の毎日になるべく違和感が生じないように、そしてできるだけ安心して快適に過ごせるように、と考えていた。願うとか、思うとかいうよりも、そうしようと決めていた。
そしてこの日は、夜中にトイレに行きたいというので体を起こしたら、そのまま、吐いてしまった。濃い茶色の液体が出て、胆汁かもしれないと思った(朝になって主治医に聞いたらそうだった)。祖母の胸のつかえは胆管のつまりで循環できない胆汁が溜まっているせいかもしれないな、と思ったけれど、電話だったので詳しいことは聞かなかった。
ソファを入れたのはこの翌日だった。夜中に来た母が祖母の様子を見るのに置いてあった座いすにもたれるようにしていたので、ソファがあれば便利だなと思ったからだった。
木曜は祖母はほとんど何も口にしていなかったのだけれど、午前中2度ほど、トイレに行くと起き上がっては気分が悪くなって横になっていた。むかつきを抑えてあげたくて、処方された薬を飲ませるのだけれど、さして効き目がない。それどころか一回で飲みこむことができずに何度も水を飲むことになってつらそうで、これはいかんと思った。主治医に電話して相談。祖父の時にも使っていた貼るタイプの痛み止めを処方してほしかったのだけれど、主治医は痛みがないのでまだその段階ではないと思うと言う。
『今は介護ベット?違うならリクライニング式のベットにすると飲みやすくなるから、ちょっと手配を聞いてみましょう』と折り返し電話してくれることになる。祖母の状態を見ていると半信半疑な部分はあったけれど、業者さんから連絡があり、翌日の14時にベットを搬入してくれることになった。
あっという間にベットがやってくる。ちょっと嬉しくて心強かった。
続く