ダンスホールと米津玄師
うまく眠れない、そんな日が続くことは誰しも一度はあるのではないだろうか。
不安が、不満が、やるせなさが、数える羊と一緒に柵を飛び越えている。
漫然と毎日を過ごしているつもりもないのだけれど、寝るために布団に入ってもまったく眠くならない。
iPhoneの光がさらに睡眠を阻害する。さっさと電源を落として目を瞑ればいいのだけれど、そうすると得体の知れない不安感が私のことを抱きしめにきてしまう。椎名林檎女史の絶体絶命さながらの状況、いっそミラーボールを部屋に設置して踊り狂いたい。
あゝ、無力。
今すぐミラーボールを密林サイトで頼んだところで今日の夜にはミラーボールもダンスホールも存在しない。
こんな夜をやり過ごすのに必要なのは米津玄師の音楽だ。
米津玄師。呼び捨てにするのもおこがましい。米津玄師様だ。
彼の経歴はあまりにも有名だけれど、それをリアルタイムでずっと追いかけていた人はどのくらいいるのだろうか。
ハチPとして曲をつくり、自分で歌うようになり、顔を出してPVに出るようになり、ドラマやCMのタイアップをやるようになった。
彼の曲をなんとなくずっと追いかけていた私は、米津さんは昔に比べて生きやすくなったんだな、と思っている。すごく嬉しい。別に全然知り合いじゃないのに。
昔と曲の雰囲気はだいぶ変わったし、目に見えて尖っている感じはなくなった。と思う。
これは悪い意味ではなくて、とても良い意味で。昔は顔出しをしていなかったから彼の表情は分からなかったし、メディアにうつる時は米津さんの見せたい自分をなるべく見せられるように工夫されてるとは思うけど。
曲に含まれる鋭い言葉やハッとするようなフレーズは健在のまま、彼は自分の音楽で自分の人生を生きやすいように切り拓けたんだと思った。
彼は過去にこだわったり、自分の人生の変遷を人にあーだこーだ言われたくは無いと思うけれど、私は世界の端っこから真ん中に躍り出ていく彼をダンスホールの端から見ていた一人として、すごく嬉しく思う。
そんな彼の音楽を聴いていると、絶望と生きづらさを肯定されながらも、前向きに生きてていいような気がしてくる。
大泣きした後のようなすがすがしさが胸に吹き込んでくる。
さあ、目を閉じて眠る努力をしよう。
明日また私は私のダンスホールで思い切り踊るのだから。