断髪小説『願望』
あらすじ
小説情報
本文
――妻をいつか坊主にしたい
それが俺の結婚当初からの願望だ。妻の髪型はいつも同じで背中を覆うくらいのストレートだ。ストレートの黒髪はツヤツヤして、触ってもサラサラとしていて気持ちがいい。それはそれで気に入っているのだが、やはり一度はその綺麗な髪へ額から襟足から耳の上から縦横無尽にバリカンを入れてみたかった。
さりげなく短い髪を進めても、一向に髪型を変えない妻に痺れを切らし、一計案じることにした。
「なぁ、先輩からお土産でワインを貰ったんだ。これから飲まない?」
これは嘘だ。ワインは予め買っておいた。妻はかなりの酒好きだが、そこまでアルコールに強くない。特に洋酒はすぐ酔っ払う。そしてその間の記憶はほとんど残らないみたいなのだ。
「いいね、明日休みだし。よし飲むぞー!」
一段階目を楽々クリアした。キッチンからワインとコップを持ってきて、妻の隣に座る。コップにワインを注ぎ妻に勧める。意外にも飲みやすいのかぐびぐびと飲んでいる。自分は舐める程度に口に含む。
「これ、美味しいね!」
気に入ったのか手酌で飲み始める。ワインはそんな飲み方をする物ではないのにと思いながらも、酔っ払ってくれるなら大歓迎だ。だんだんと妻の顔が赤くなって呂律が回らなくなってきた。
「ちょっとぉ、お酒進んでないんじゃなぁい?」
「ちゃんと飲んでるよ」
コクコクと飲むフリをする。妻ほど弱い訳ではないが、自分も酔っ払ってしまっては元も子もない。
「ほらほら、もっと飲んで飲んで」
コップにワインを注ごうとしてくるが手許がふらふらとして怪しい。零しそうになっているので、ワインボトルと取り上げる。
「あとは自分でやるからいいよ。ほら君も飲んで」
「ん、飲むぅ」
またワインをクピクピと楽しそうに飲んでいる。かなりいい感じで酔っ払ってきている。今なら聞いてもらえるかもしれないと、本題を妻に切り出した。
「なぁ、髪を短くしたいと思わない?」
「んー? かみー?」
「そう。ずっと長いじゃん。こうさ、一気にバサッと短くしたらスッキリする気がしない?」
手でハサミの形を作り、妻の横髪を挟むように触る。
「バサッて。気持ち良さそうだね」
近くにある工作バサミを妻に渡してみると、手に持ってシャキシャキと開いたり閉じたりして遊んでいる。妻の横髪の一束を掴んで、ハサミを持っている手に近づけてみる。
「そのハサミでこの髪をバサッと」
「かみをー、バサッと」
『ジャキン!!』
ハサミで髪を切った音がした。妻が自分の髪をハサミで切ったのだ。切った後の髪は肩よりやや下くらいになっていた。その光景に興奮する。
――妻が自分で髪を切った! ヤバっ!
「ね、楽しくない?」
――もっと切ってほしい。
「あはは。面白ーい。」
『ジャキン!!』
またハサミの音がした。さっき切った髪をさらに短く切ったのだ。今度は肩より上だ。
――そうだ、もっと短くしろ
まだ長い髪で束を手で作って、ハサミの近くに持っていく。
「この髪も切ってよ」
「んー。分かったぁー」
そう言うと妻は自分でその髪の束を持ち、適当な場所で『ジャキン!!』と切る。机の上には妻の切った髪が散らばっている。
――俺も切ってみたい
席を立ち上がり、押し入れに向かう。
「どうしたのー?」
妻は座ったまま尋ねてくる。随分前に買っておいた散髪道具一式を取り出す。そこには散髪用のハサミもカットクロスも、当然バリカンもある。
「俺も君の髪を切りたい。いい?」
「いいよー」
あっさり承諾をされた。椅子に座ったままの妻にそのままカットクロスを取り付ける。ワインボトルやコップは危ないので机の脇に追いやった。
どうせならと動画を撮ろうとスマートフォンをスタンドを使って机の上に立てて置いた。散髪用のハサミを持って、妻の背後に立つ。
「じゃあ切るよ?」
「いいよー。じゃんじゃん切って」
妻の髪を適当に掴んだ。
『ジャキン』
襟足ギリギリの所でハサミを入れた。
――やべぇ、楽しい!
そこからは止まらなかった。ジャキンジャキンと妻の長い髪を切っていく。髪を切っている間、妻はケタケタ笑っていて、よく分からないが楽しそうだ。気づけばすっかり首筋が出ていた。
「こんなに切っちゃったよ」
切った後の長い髪を妻の目の前に差し出す。
「わぁ! ながいねぇ。もっと切る?」
耳の上でハサミを閉じる。耳全体をすっかり出してしまう。
「スッキリして可愛いよ」
「ほんとにぃ?」
「ほんとほんと。さっぱりと短い方が俺は好みだな」
適当に切ったので妻の髪はガタガタだ。とても似合っているとはいえる状態ではない。
「あなたの好みにしていいよ?」
「じゃあバリカンがいるな。ガーッと刈ることになるけどいいの?」
まだバリカンを使わなくてもハサミで短くできる長さだったが、早く妻の髪をバリカンで刈りたくて仕方ない。今の妻のノリならオーケーをもらえる気がする。
「うん。やるぅ!」
心の中でガッツポーズした。遠慮なく刈らせてもらおう。バリカンを箱から取り出してコンセントを繋ぐ。この際、アタッチメント無しでやってしまおう。
「じゃあ刈るよ」
いよいよ妻の髪を刈り上げられると思うとゾクゾクする。ジジジと襟足へバリカンを近づけた。
『ジョリジョリジョリ』
音を立てて妻の髪が刈られていく。
――あぁ、すごい。あっという間に髪がなくなる
バリカンの通った後が青白い。
「これ、気持ちいいねぇ。もっとぉ」
「あぁ、もっとやろうな」
酔っているとはいえ、妻からバリカンを強請られるのは嬉しい。思わずにやけてしまいそうだ。後ろの髪を全部刈ってしまおうと、何度もジージーとバリカンと頭に当てた。
――これこれ。これをやりたかったんだ
バリカンが通るたびに妻の髪は無くなっていく。髪を刈ることに夢中になり、どんどん上へと刈り上げる範囲を広げていく。
バリカンが音を立てるたびに、バサバサと豪快に髪が落ちていく。刈った後に青白い地肌が見えるのが一層、欲望を駆り立てる。
――もっと、もっと刈りたい
頭の中はバリカンで髪を刈ることしか考えられなくなっていた。気づけば後頭部はすっかり青光りする頭になっていた。
「後ろ、全然髪がないよ」
嬉しさで声がうわずる。後頭部を手で触れる。ジョリジョリともしない、頭皮に直接触れる感触がなんとも不思議だった。妻も自分の手で触り始めた。
「なにこれー。変な感触」
気に入ったのかずっと後頭部を触っている。たまにペチペチと叩いている。
「あはは。へんー。面白ーい。スースーしてるー」
「はいはい」
妻の手をそのままにして、サイドの髪にバリカンを入れていく。頭を黒く覆っていた髪がバリカンによって落とされ、青白い地肌を晒していく光景は、何度見ても飽きない。
バリカンで刈れば刈るほどもっと青くしたい、髪を全部無くしたいという願望が強くなる。反対側も妻の腕を頭から離した後に刈り上げていく。耳周りに刈り残しがないように丁寧に処理をした。
妻は眠くなってきたのかコクリコクリと船を漕ぎ始めた。こんな状況で眠れるとは正直信じ難い。
「眠たい?」
妻はハッと起き、頑張って目を開けようとしている。
「んー? 大丈夫ぅ」
「残りの髪はどうする? 刈りたい? 残したい?」
妻の髪は頭のてっぺんとと前髪を残すのみだ。俺としてはこのまま全部刈ってしまいたい。でもできれば妻からおねだりされたい。
「いいよぅ。…全部やっちゃってぇ」
よっしゃーと心の中で喝采を上げた。こんなに上手くいくとは思わなかった。出来過ぎで正直怖くなる。でもせっかく長年の願望を叶えるチャンスだ。当然、逃すつもりはない。
「じゃあ全部やっちゃうな。髪が目に入るから、目を閉じてて」
「ん、……分かったよぅ」
素直に妻は目を閉じた。多分そのうち眠るだろう。
ただそのまま全部刈ってしまうのも、もったいない気がしたので、まずは前髪をハサミで短くするとこにした。額の真ん中あたりで一気にジョキジョキ切る。前髪を短くすると妻が幾分か幼く見える。
――前髪、短い方がそそられるよな
そんなことを不意に思った。妻からすぅすぅと寝息が聞こえている。本格的に寝入ったらしい。
ハサミを置き、バリカンを手に取る。どうせならと六ミリのアタッチメントを着けてみた。アタッチメントなしとどのくらい見た目が変わるのか興味が湧いた。もう妻も起きないだろうし、少し遊んでみても良いだろう。妻の頭が動かないように、バリカンを持ってない方の手を額に当てて、頭を支えた。
バリカンに電源を入れる。ビィーンと音がするが妻は起きる気配はなかった。
『ザリッ、ザザザ』
唯一黒々と髪が残っている頭頂部へバリカンを入れ、髪を刈っていく。
――刈った後は全然違うんだな
アタッチメントがあると思ったより黒く見えた。他が青白く刈られているから、より黒さが強調されるのかもしれない。何度もバリカンを走らせ、サラサラと長い髪を全て刈り取っていく。サラサラした髪を刈ってしまえば、妻は俺の念願の坊主頭だ。
――六ミリだと長いな
五厘刈りより、長く見えてしまって今ひとつ物足らなかった。
アタッチメントを外し、頭頂部も青白い坊主頭にしていく。黒から青白く変わる様に下半身は大きくなっていて、スラックスが少しキツい。刈り残しがないように何度も何度も妻の頭にバリカンをジージーと丁寧に当てた。
すっかり妻はツルツルと青光りするような丸坊主となった。
――すげぇ、マジで興奮する
スマートフォンの撮影を止め、一旦トイレに行って抜いた。そうしないと暴発しそうだった。ダイニングに戻ると妻は机に突っ伏して眠っている。
とりあえずあちこちに散らばった髪をまとめ、使った道具も一通り片付けた所で妻を揺すって起こそうとする。
「んんっ、……なに?」
「ここで寝ると風邪ひくよ。ベッドに行こう」
「ん、わかったぁ」
すぐにまた眠りそうになっているので、妻を抱き起こし、ベッドまで運んだ。明日は休みだしこのまま寝かせておいていいだろう。自分は部屋を片付け、シャワーを浴びた。
リビングのソファに座り、先程撮った動画を再生する。思い付きで撮影した割には、それなりによく撮れていた。音声もきちんと取れている。改めて妻が坊主になっていく姿を見ていると興奮してくる。何度か一人で抜く羽目になった。
――しばらくはこの動画だけでオカズにできそうだ
その後、ベッドに潜り込んだが、興奮が醒めず、中々寝付けなかった。
翌日、妻の叫び声で目が覚めた。
「なにこれー!!!!」
洗面所からのようだ。まだ眠っていたかったがベッドの上で体を起こした。バタバタと寝室に妻が入ってきた。妻が坊主頭な事にびっくりする。
「ちょっと!! 何で髪がなくなってるのよ!」
何でだっけ?と寝ぼけた頭で考える。まだ眠いので考えたまま眠ってしまいそうだ。
「寝てる場合じゃないわよ!」
肩も持って体を揺さぶられる。
「んー? ……何だっけ? ……あぁ、君がねだったんだよ。やってって。」
「はぁ!? そんな訳ないでしょう?」
「ほんとだよ。酔っ払ってたみたいだけどさ」
眠たい目を擦りながら、ベッドボードに置いてある自分のスマートフォンを手にする。昨日撮った動画を再生して妻に手渡す。
「はいこれ。動画に残ってるから」
妻が動画を凝視している。どんどん妻の顔が青ざめていくようだ。
「こ、これ、ほんとに? 何で止めてくれなかったのよ」
「俺も酔ってたからなぁ」
自分は素面だったし、妻を酔わせて言わせたが、それは黙っておく。
「えぇー……、どうしよう……」
「どうしようと言われてもなぁ」
困っている妻に些か罪悪感はあるが後悔はしていない。坊主頭の妻はそそられるものがある。次の機会があれば剃ってみたい。
「仕事、やばいよね……」
「そうなのか?」
「そうだよー。ほんとどうしよう」
「じゃあ、カツラでも使うか?」
「うん……」
妻はかなり落ち込んでいるようだが、やってしまったものはどうしようもない。
ウィッグをいくつか購入して、職場では誤魔化せているようだ。数日経つと妻も坊主頭に慣れたのか、家ではウィッグを着けなくなったし、手入れが楽なのかどこか気に入ったようにも見えた。俺としてはこのまま坊主頭を続けてくれれば良いのにと、願ってやまない。
後書き
人それぞれでフェチのツボをお持ちかと思いますが、個人的に坊主は好みの落差が激しいものでして。
どんなシチュエーションで、どの道具を使って、どこから手を付けて、どの長さの坊主まで行きつくのか、とか。
外すと何も感じない、一番の難敵かもしれません。
(一体、後書きに何を書いているんでしょうね、ほんと😥)
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。
All rights reserved.
Please do not reprint without my permission.