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東田直樹氏が文字盤で話す理由 その7
前回、
知的障がい者と一緒にいれば、本気で頼ってくる現象を受け止めなければいけなくなるという話をしました。
あ。別に知的障がい者だけでは無いですよね。
誰だって自分でできないところは人に頼りますもの。ただ知的障がい者の場合はその割合が大きい。それだけの事です。
その中でも自閉症の場合は、頼り方も独特になりがちです。私はこれがFCに対する誤解の原因だろうと考えています。
皆さんは「クレーン現象」って聞いた事がありますでしょうか? 自閉症の症状として知られていますが、言葉が発達していない幼児にも見られる、相手の手を取って何かをやってもらおうとする現象です。
通常は放っておいても言語が発達してくると消えます。だって言えばいいから。「魔の2歳児」とか「自分で」期は、だから起こるわけですよ。(私は定型児も育てています。)
つまり私は1歳半検診で知らず知らずのうちに、息子をコントロールしてしまっていたってこと。
その後知る事になるのですが、言語の発達が遅いタイプの自閉症児の場合、クレーン現象が長く続いたりします。不思議なのは、ある程度単語が出るようになっても、できる事が増えても、まだやるんです。
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それで随分考えて、様々な方向から調べまくりました。
もしかして決定的な要素がこの現象の根底にないかと。
これを気が付かせてくれたのが、
脳卒中になった脳科学者の話と、
これに結び付けた、地元タフツ大学のヘレン・ケラーの自我の話。(グーグル日本語訳リンク)
グーグル訳を引用します。
ケラーは、1908 年の著書『The World I Live In 』の中で、「先生が私のところに来る前は、自分が自分であることを知りませんでした」と書いています。「私は世界のない世界に住んでいました。その無意識でありながら意識的な無の時間を十分に説明することはできません。私は自分が何も知らなかったこと、または私が生きていたこと、行動したこと、望んでいたことを知りませんでした。」
興味深いことに、テイラーは、言語を習得することでアイデンティティーが得られるというケラーの考えを共有しています。言語のない彼女の経験は、自然界の他の部分とのつながりを最も強く感じ、自分自身の意識の中で最も孤立していないと感じたときの 1 つであると彼女は言いました。
「言語は進行中の情報処理です」とテイラーは説明し、言葉を失うことを世界の他の部分との突然のつながりの感覚に関連付けました. 「私は、これが私の名前です。これは私に関連するすべてのデータです。これらは私の好きなものと嫌いなものです。これらは私の信念です。私は個人です…私はあなたとは別です。」
ケラーはまた、意識の孤立と彼女の言語の発見との間に関連性を描きました。「『私』と『私』の意味を学び、自分が何かだと分かったとき、私は考え始めました」と彼女は書いています。「それから意識は私のために最初に存在しました。」
THE SECRET LIFE OF LANGUAGE: A WORLD WITHOUT WORDS
February 23, 2015 By Tess Ross-Callahan
そこでピーンと繋がったんです。
どうしてあんだけABA、応用行動分析のセラピーをやっても、スピーチセラピーをやっても、相変わらずの行動だったのか。
この辺の問題じゃないかと。アイデンティティが全く無いわけじゃないけれど、自閉症でも自分や他人の話をできる子とは様子が違う。
それでもまあ人によって程度は様々でしょうけどね。
うちの子ももちろん成長している部分もあります。ただ今でも常にプロンプトを与えられないと動かないことが多いです。
FCにありがちな条件もたぶんこんなんじゃないかなと。FCはいわゆる「コックリさん」現象、「賢馬ハンス」現象と科学的に言われていますが、私にとっては、これだけでは納得できないものがありました。それだけなら、さすがにみんな気が付くだろうと。
しかし本気で頼ってくるのと、プロンプトを与えると指示に従うのと、他人の手を借りるクレーン現象要素を合わせると、誰が何をやっているのかが、見えなくなってくる。本人達もよくわからなくなってくる。
だからFCをやっている人は信じている。
こういう重い障がいを受け入れるのは辛いです。
そこに至るまでには、私も葛藤を繰り返しているとご理解いただけると幸いです。