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米国消費者のインフレ期待が急上昇?!

トランプ大統領登場で、彼の政策によって米国をはじめ世界的なインフレが懸念されています。直近で、米国の消費者のインフレに関するデータが出ていますので、見ていきましょう。

〇NY連銀消費者調査12月

NY連銀が発表した2024年12月の消費者調査(Survey of Consumer Expectations)によると、インフレ期待に以下の変化が見られました。

•1年先のインフレ期待:+3.00%、前月+2.97%から僅かに上昇
•3年先のインフレ期待:+2.97%、前月+2.57%から上昇
•5年先のインフレ期待:+2.72%、前月+2.86%から低下

前回11月調査では、インフレ期待は全ての期間において若干の上昇が見られましたが、今回12月の調査結果では、短期(1年先)は概ね横ばいだった一方で、中期(3年先)は上昇傾向、長期(5年先)は低下傾向という結果が示されており、インフレ期待は期間によってまちまちとなっています。


短期・中期においては将来のインフレに対する不確実性は前月より高まり、長期の不確実性は低下しており、消費者が、関税などのトランプ政策による短期的な物価動向に警戒感を示す一方で、長期的には安定への自信を多少高めていることを示唆しています。

消費者のインフレ予想に影響を及ぼしたとみられる要因として、食料品、医療費などの価格上昇を予想しており、特に食料品価格は1年先で約+4.0%の上昇が予想されており、インフレ期待押し上げに作用しています。一方で、ガソリン価格は低下が見込まれており、1年先で+2.0%の上昇と、2022年9月以来の低い伸びに留まっており、エネルギー価格の落ち着きは全体的なインフレ期待を抑える要因となっています。また、住宅価格(家屋)は概ね安定しており、前年比+3.1%程度と前月からほぼ横ばいで、安定した住宅価格の見通しは、インフレ期待に大きな変動を与えないと考えられます。

そして、今回の調査では消費者の将来の所得や賃金の伸びに対する期待は控えめで、1年先の世帯収入の予想成長率は+2.8%と僅かに低下、この先の賃金の伸びが大きくないと見込んでいることがわかります。賃金の緩やかな伸びの予想は、賃金インフレが高まる可能性が低いということを示唆しています。

今回の調査からは、トランプ大統領による政策的な影響もあるためか、短期・中期的な不確実性が高まりインフレ期待は上昇したものの、長期的には、エネルギーの落ち着きや、引き締め的な金融政策によって「いずれインフレは収まる」との消費者の見通しが強いことが示されました。

このNY連銀調査に先駆けて、米ミシガン大学が消費者のマインド調査を指数化した、2月の消費者信頼感指数(速報値)を公表しています。消費者のセンチメントを確認するとともに、NY連銀の消費者調査と同様にインフレ期待についても確認できます。

〇ミシガンサーベイ2月

米ミシガン大学が消費者のマインド調査を指数化した、2月の消費者信頼感指数(速報値)を公表しました。今回は300人を調査対象にした速報値です。1966年を100として消費者マインドを指数化しており、消費者のセンチメントが確認できます。

Preliminary Results for February 2025

■ 信頼感指数 67.8(71.1)
  市場予想  71.1
■ 現況指数   68.7(74.0)
■ 期待指数   67.3(69.3)
■ インフレ期待
 ・1年先   4.3%(3.3%)
 ・5年先   3.3%(3.2%)
*カッコ内は前月確定値

ヘッドラインの信頼感指数は低下し消費者センチメントの悪化を示唆しています。これは、トランプ政権が掲げている関税強化の取り組みが明らかになり、物価上昇による購買力の低下を懸念した結果と考えられます。現況指数も期待指数もいずれも低下しており消費者のセンチメントが将来にわたって悪化していることがうかがえます。

また、インフレ期待が急上昇しており、1年先のインフレ期待は2023年11月以来の高水準に、5年先は2008年6月以来の高水準となっています。短期的なインフレ期待が高いのは前述のNY連銀の消費者調査と同様の結果で、消費者が関税などのトランプ政策によって短期的な物価動向に警戒感を強めていることを示唆しています。

ただし、この数字を詳しく見ると面白い結果となっており、共和党支持者のインフレ期待はほぼ0%に近い一方、民主党支持者は5%程度のインフレを予想しているという、消費者の政治的な信条が統計データを左右していることをあらわしています。なおかつ今回は速報値でデータサンプルも少ないため、結果の扱いには少し注意する必要があります。

インフレ期待が強まったことを示す結果となりましたが、もともとミシガンサーベイは消費者の懐具合に大きく左右されるため、生活実感としての物価が大きく影響します。車社会である米国の場合、特にガソリン価格の動向が結果に影響する傾向があり、足元でガソリン価格が強含んでいることも影響していることを考えると、インフレ期待が高まるのはある程度は想定内。

さらに、トランプの関税や移民政策を受けて、アンチトランプメディアなどの報道によっては、強烈なインフレを煽るようなネガティブキャンペーンが行われるとなると、消費者(特に民主党支持者)のインフレ期待は一気に高まることになるため、足元のインフレ期待の上昇につながったと考えられます。

ただ、トランプが就任演説で言った「Drill Baby Drill!(掘って掘って掘りまくれ!)」のように、トランプ政策の中では国内のエネルギー価格を抑制する政策が控えていたり、極端な高関税を回避する可能性も残されていたりすることを考えると、このインフレ期待の上昇が注目すべきデータかどうかは微妙なところで、今後のトレンドを見ていく必要があるでしょう。

〇二つの消費者調査から見えるもの

さて、前述のNY連銀の消費者調査と、ミシガンサーベイにおけるインフレ期待を比べると、短期(中期)で上昇、長期で落ちつくというのは、どちらの調査も同じなのですが、その数字の変化においてミシガンサーベイの方が大幅に変化していることが目立ちます。NY連銀の調査は変化はしているものの、あまり大きく動いていない。インフレ期待の水準を比べると以下の通り。

・インフレ期待の水準比較:NY連銀調査 vs ミシガン大学調査
 1年先: 3.0% vs 4.3%
 3年先: 3.0% vs(ミシガンに3年先の指標なし)
 5年先: 2.7% vs 3.3%

調査結果の数値を比較すると、ミシガン大学の調査の方が全般的に高いインフレ期待を示している一方で、全く動じていないようにも見えるNY連銀調査。調査時期(NY連銀12月、ミシガン大2月)の違いもあるので一概に比較はできないものの、同じ消費者への調査で得られる数字で何故ここまで差が出るのか?一つには調査方法の違いによる影響が考えられます。

NY連銀調査では、インターネットによるパネル調査(同じ対象者に同じ質問を繰り返し行うアンケート調査)で、全米の約1300世帯を対象に毎月実施されています。同じ回答者が最大12ヶ月間パネルに留まり、継続的に回答するため、個々人の期待の変化を追跡できる点が特徴。質問内容も詳細で、今後1年のインフレ率や3年先・5年先のインフレ率見通しについて数値(%)で回答させ、回答の不確実性(予想分布)も併せて収集しています。

一方で、ミシガンサーベイは、無作為抽出による電話・Web調査で、毎月約500~800人規模(速報値約300人、確報値約500人)の新しいサンプルを対象としています。質問は「来年の物価がどの程度変動するか」および「今後5~10年の平均的なインフレ率はどれくらいか」といったかたちで尋ねられ、回答者は自ら予想する率を答える形式となっています。

調査頻度についても、NY連銀調査は月次調査の結果を翌月中旬に発表するのに対し、ミシガンサーベイは月2回(中旬の速報と月末の確報)結果を公表します。

以上のような調査方法の違いが結果に影響をもたらすことが考えられます。

NY連銀調査では同じ人が繰り返し回答するため、インフレについての質問に慣れており回答が安定しやすい一方、ミシガンサーベイでは毎回異なる人々を調査するため、直近のニュースや身近な価格変動に敏感に反応しやすい傾向があります。

例えば、NY連銀調査ではガソリンや食料品などの価格変動によるインフレ期待の変化や長期期待への影響が緩やかに表れるのに対し、ミシガンサーベイでは回答者は日常的な生活実感としての体感物価の変動を直感的に答える傾向があります。また、質問の仕方も、NY連銀調査は「インフレ率」という言葉で質問するのに対し、ミシガンサーベイは「物価が平均何%上がるか」というかたちで尋ねるため、より日常的な体感物価の変動を直感的に答える傾向があり、結果としてミシガンサーベイの方がインフレ期待の数値が高めに出る傾向があります。ましてやトランプ関税の枠組みが明らかになる中で、インフレを煽るような報道があった直後に、初めて答える回答者が一斉に強い懸念を示すことでミシガンサーベイのインフレ期待が急上昇するというのも、こういった調査手法を見れば当然とも言えます。

以上のように、サンプル選定やその規模・調査頻度・質問形式などの違いが、それぞれインフレ期待の数値に反映され、ミシガンサーベイの方が短期的なニュースに敏感で変動が大きく、数値もやや高めに出る傾向があるというのは明らかで、ミシガンサーベイのインフレ期待については意味がないとは言いませんが、これをもって、米国の実際のインフレが加速しているということではなく、ましてや単月のインフレ期待をもって反応する必要のないデータではあるでしょう。

こうして比較して、合わせてみてみると、いろいろなデータを検証していく必要があります。

先週末の米国株式市場がリスクオフに傾いたのは、ミシガンサーベイのインフレ期待の急上昇がきっかけでしたが、こうしてデータの中身を見ると、神経質に反応すべきものではないといえます。