えーあいなんとか学園 第二話

「さて、何から聞きましょうか…」
 斜め向かいの席に座る日向さんは、穏やかな笑みを向ける。しかし、その中には品定めするようなねばついた、それでいて鋭い視線が透けているのだ。
「あのう、ののちゃんは…どうして、昨日まであんなに冷たかったの?そして、なんで今日は急にお友達なの…?いや、嫌な訳じゃないの、とっても嬉しい。でも、よく分からないから…」
質問される前に、聞きたいことは聞いてしまおう、そう考えたここな。本当に恐る恐るといった感じで口を開いたので、文章ほど上手く喋ることはできていなかったのが実際のところである。ののは、首を傾け言う。
「どうしても何も、初対面で友達になりたいなんて軽い言葉を口にする人を簡単に信じるほど私は甘くない、それだけよ。それでも何度も、あなたは話しかけたわ、鬱陶しいほどにね。人の努力は素直に認めなくちゃ。」
つまり、毎日話しかけられて根負けしたということか?と考えるここな。そして日向さんが質問を始める。
「まず、ここなちゃんはどこのクラスで、どうしてののちゃんを知って友達になりたいと思ったのかな?」
ここなは、警察か誰かに話しかけられた気分だった。ともかく、自分が転校生で、同じクラスで出会い、運命を感じたこと、それから一週間に及ぶ猛アタックを語った。初めは怯えていたが、日向さんが、うんうん、それで?と笑顔で聞いてくれるので、だんだんと砕けて、語るというよりお喋りになっていた。ののは、そうそう、なんて頷きながら聞いていた。
「そうなのねぇ、ののちゃんのために、そこまでしてくれるなんて、ここなちゃんはとってもいい子なのね。ごめんなさいね、色々聞いてしまって。ののちゃんの初めてのお友達が悪い子だったら困るから。」
 いえいえ、とここな。ようやく三人が心を開いたところで、アップルパイを食べ始めた。アップルパイはここなも時々食べるお菓子屋さんのものだったが、その後淹れてくれた紅茶が、ここなの飲んだことのあるペットボトルのものとはまるで違った。その香りにはほんのりと薔薇が含まれていて、息を吸うごとにここなのお嬢様気分を高めた。少し息で冷ましながら口に入れると、紅茶の高級感のある味わいに初めての味が重なっている。ああ、これが薔薇の味なのか…と喉越す。正直、ここなにとっては癖が強く、おいしいとは感じなかったのだが、高そうなものなので残さず頂いた。そうしているうちに、夕方五時を回った。
「そろそろ帰らないといけないので、おいとまします。」
ここなが言うと、ののが
「待って、タブレットは持って来ているの?ブランシュのフレンド登録をしましょう。」
という。ブランシュとは、学校配布のタブレット端末に入っている宿題やゲーム、アバターの着せ替えもできるアプリだ。今年から本人の学力を反映したAIまで付いているが、AI用のデータとして毎月テストを受けさせられるため生徒には今のところ不評。
「よし、できた!」
 ここなもののも、にこやかである。二人は、お互いのアバターを見せあった。ここなのアバターは、ここなの黒髪を薄紫にしたようだった。ののは、自身よりもかなり幼く、明るい印象ながらも髪型や服装などはいつものとおりであった。
 ここなは、そうして少し話した後、続きはチャットで、と言って帰った。まだ母は帰宅していなかったが、5分くらいしてゆっきーが来た。
「よお、ここな。理沙は?」
理沙とは、母の名前だった。
「来てないよ、まだ仕事なのかなぁ…とりあえず、トッキー食べよう。」
そう言うとここなは袋を箱から出し、皿を置いて袋の中身を開けて出した。棒状のビスケットのようなものに、チョコがかかっている。それを一本ポリポリと口にすると、ゆっきーが言う。
「普通に食べるんじゃあつまらねぇ。トッキーゲームでもしないか?なぁんて。」
「いいよ。」
ゆっきーの冗談っぽい口調に対し、ここなは少し真剣だった。小鳥がスローモーションで歌う気がした数秒間、二人は見つめ合っていた。一方は少しの驚きを浮かべて、もう一方は真面目に。未熟な好奇心と恥じらいがここなの唇をいつもより少しだけ艶めかせた。そしてここなはトッキーを一本手に取り、チョコのついていない方の先っぽを咥えゆっきーに近づく。すると、
「本当にするのか?」
ゆっきーが言う。ここなは質問に、行動で答えた。ゆっきーの唇にトッキーの先が軽く触れる。彼はそれを受け入れて咥え返す。二人は一口づつ、パキッと折ってはかみ砕いて飲み込んだ。段々、互いが菓子を飲み込む感覚や息遣いまで伝わってくる。鼓動の高鳴るのさえ、分かる気がした。もう一口分しかないところまで来ると、ゆっきーは今までより小さく一口進めて、すぐに離そうとする。同時に、ここなはそうさせるまいと進む。ここなのやや薄めのやわらかい唇は、彼のかさついた唇に触れた。驚いてここなを見ると、固く目を閉じていた。離れると、顔は濃い桃色だった。二人は何も言わないまま、俯いて残りのトッキーを食べる。決して互いの顔は見なかったが、ずっと片手は、指を繋いでいた。
 しばらくして母が帰ってくると、コンビニの菓子パンを夕飯にし、ゆっきーは帰った。お風呂に入り、上がるとタブレットを見た。ののから、チャットが届いていた。内容はこうだった。
 これからの学校生活で、今までのようにずっと話しかけられると大変なの。だから、友達として協定を結びましょう。私からの提案はこちら。

  一つ、 業間と昼休み、放課後以外は個人の時間とすること。
  一つ、 土日休みのうち、どちらか片方は個人や家族で過ごすこと。

以上よ。あと一つ、何か付け足して欲しいので、考えたらお返事欲しいわ。
 ここなは考えた。沢山考えたが、ののにこれ以上望むことなんてなかったが、とにかく何か返事をと思いこう返した。

  一つ、いつも全力で楽しむこと!

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