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林檎の妖精 #1 ~ #5

七月七日。

織姫と彦星が、一年にたった一日だけ会うことを許された日。

「七夕」まで、あと数日。

夜の20時過ぎ。改札を出て家までの道のりを歩いている。東京とはいえ、郊外のこの時間は人通りもまばらだ。日中に比べると、気温もだいぶ落ち着いている・・・むしろ涼しいくらいだ。

今日は金曜日。今週も疲れた。明日は休みだし、今日はお酒でも飲みながら録画してある番組でも見よう。家が見えてきた。

玄関を開けると、その音に気が付いたのか部屋の奥から走ってくる足音が聞こえる。長女の琴(こと)だ。

「あ、父さんお帰り~!はい、これお手紙だよ。」

そう言って折り畳んだ紙を渡してくる。今年で5歳になる琴は、まだしっかり字を書くことは出来ない。この「お手紙」に書いてあるのも、文字でなく絵だ。様々な色を使って、沢山の絵が描いてある。

「沢山描いたねぇ~、これは何?」

「これは太陽で、こっちは木だよ。」

毎日のように絵の描かれた「お手紙」をくれる。娘とのこのやりとりに、一日の疲れが癒されていく。

「あ、お父さんだ!お父さんだよ!」

元気な声が部屋の奥から聞こえてくる・・・どうやら次女も起きているようだ。この娘たちの笑顔で、毎日頑張れている。

少し前は仕事が忙しかったこともあり、家に帰るのは日付が変わる頃。
その時間ともなると、子供達は当然ぐっすり寝ている。

最近は仕事が落ち着いており、帰る時間も早くなった。
こうして少しの間だけ、寝る前の子供達と触れ合うことが出来る。

部屋に入ってカバンを置くと、「今年の七夕のお祭り、中止らしいよ」と妻から伝えられた。

このお祭りというのは、子供たちが通う保育園のイベントだ。
今年は新型のウイルスが猛威を振るったため、こういった人が集まるイベントは軒並み中止になっている。

「夏の水遊びも中止じゃなかったっけ?」

「うん、そう。」

子供達の大好きなイベントが中止になるのは、親としても辛い。
どんなイベントも、その年はその1回きりだ。2回目はない。

「この子が産まれる頃は、色々と落ち着き始めてると良いんだけど」

お腹を触りながら、妻が苦笑いを浮かべる。
そう、現在妻のお腹には3人目の命が宿っている。まだ性別は分かっていない。

私が子供の頃に比べると、現代の子供たちは試練が多すぎる。
もちろんその子供たちを育てていなかければいけない親も同様だ。

「何にせよ幸せな人生を歩んでほしいね」そう口にしたし、いつも心からそう願っている。

翌朝。

休日の子供は早起きだ、半ば無理やりに起こされる。

天気もあまり良くないので、家の中でお絵描きをして過ごすことにした。
前に買っておいた大きな模造紙を引っ張り出してきて、姉妹がそれぞれ自由にクレヨンを走らせていく。

さすがに琴は絵らしい絵を描けるようになってきており、こちらが見ていても明らかに何か分かるものを次々描いていく。
次女はまだまだグルグルを線を描いているばかりだ。

ふと気が付くと、琴が見慣れないキャラクターを描いていることに気が付いた。

頭はリンゴで出来ており、目がハートになっている人型のキャラクター。

(これ何だろう・・・見たことないな・・・)

気になったので、「琴、これはなに?」と聞いてみた。

「これはねぇ、イシキュアマナムだよ。」

(・・・え?)

「え?・・・何?」

「イシキュアマナム。ずっとずっと昔からの友達だよ。」

何かのアニメのキャラクターだろうか。全く聞き覚えが無い。それとなく妻の方に目をやってみるが、こちらを見て首をかしげている。

ずっとずっと昔からの友達・・・。

イシキュアマナム・・・見たことはない・・・はずなんだけど。
何でだろう・・・初めての感じがしない。
この見た目も・・・名前も。

「該当・・・無しか。」

スマホで検索したが、1件も引っかからない。・・・今の世の中こんな短い単語で、該当ゼロなんてことあるか?関連しそうなものとか、何かしら引っかかりそうなものだけど・・・。

パソコンを立ち上げてみる。結果は同じだ。

イシキュアマナム・・・一体何なのだろう。そして、どこかで聞いたようなこの変な感覚は・・・?

その日の夕方、雨も止んで外が良い感じに涼しかったので琴を連れて少し散歩に出かけた。少し歩くだけでも気分転換になるだろう。玄関を開けると、意外と肌寒い。

(雨上がりとはいえ、思ったより寒いな・・・)

こんなに寒いものだろうか。

琴の方を見ると、そんなのお構いなしに盛り上がっている。やはり癒される我が子の笑顔。寒さは、私の気にし過ぎかもしれない。

そらを見上げると、空気が澄んでいる。雲もほとんどない。

明日は晴れそうだ。

歩きながら、何気なく琴に尋ねてみた。

「イシキュアマナムって、今はどこにいるの?」

「ん~とね、ずっとずっと遠くだよ。」

「いる場所は分かるの?」

「それがね~、分からないんだよぉ。」

・・・手掛かりなしか。とはいえ、琴の中では確固たる何かがあるようだ。

遠くにいる、昔からの友達か。

その日の夜。

妻と子供が寝てから、過去に撮ったホームビデオを見返していた。昨年の運動会の映像だ。徒競走に玉入れ、お遊戯などを頑張っている。

(今年は出来るのかな・・・)

ふとそんなことを思ったとき、カチャっと寝室のドアが開いた。琴が目を擦りながら出てきた。目が覚めてしまったようだ。

「ダメだよ、寝てないと。」

「でも、目が覚めちゃったんだよ。」

(まったく・・・)

ひとまずトイレに行かせる。その後、戻ってきた琴はテレビで流れている運動会に気が付いた。

「あ、琴の出てるやつだ。」

ニコニコしながら見ているので、怒るのも可哀想になり少し一緒に見ることにした。自分の走る姿をみて笑っている。不思議なものだ。

(こういう思い出を、どんどん増やしていきたいな・・・)

次の瞬間。

「・・・あ!!イシキュアマナムだ!!」

(・・・え?)

慌てて一時停止を押す。少し戻して再生する。

「どこ!?」

「・・・あ、ここだよ!!」

一時停止。巻き戻し。再生。

「・・・ここ!!」

確かに今何か見えた。

赤のようなピンクのような何かが一瞬横切る。

一瞬過ぎて何かは全く分からない。しかし、琴にははっきり見えているようだ。

・・・え、・・・去年の運動会にいたの?

Created by Ryohei Osawa

こちらは、キングコング西野亮廣さんが現在制作を進めている【夢幻鉄道】という作品の「二次創作」となっています。

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