林檎の妖精 #6 ~ #10
翌朝、妻に昨日の夜の出来事は話さずにいた。琴も不思議と話題に出すことはなかった。
私は通院のために家を出た。病院へと車を走らせる。頭の中では、これまでの出来事がぐるぐると回り続ける・・・。
誰に相談出来るわけもなく、解決の糸口すらない。気にしなければ良いだけのはずなのに、何か引っかかるものがあって気持ちが悪い。
通院後、本屋で立ち読みをしていると店内のポップが目に入った。
「七夕」
もうすぐ、七月七日。琴の誕生日だ。
(今年は何をあげよう・・・)
自粛が続いていたので、おもちゃ屋にも全然来ていなかった。欲しがっている物も分からない。
(帰ったら、それとなく聞いてみるか・・・)
その時だ。
「・・・あの。」
後ろを振り返ると、男の人が立っていた。
「これ、落ちてましたよ。」
その人の手には・・・しおりが一枚。
「あ・・・ありがとうございます。」
「いえいえ(笑)」
立ち去るその人を見送って、手元のしおりに目をやる。
(・・・これ、誰のだ?)
少し大きめのしおり・・・いや、これは・・・短冊?・・・何でこんなところに。表も裏も、特に何も書いてはいない。
受け取ってしまったけど、私の物ではない。
そっと置いてその場を後にした・・・。
その日の夕方。気分転換に一人で散歩をしていた。
(明日から仕事か・・・)
日曜の夕方は憂鬱だ。いざ月曜が始まってしまえば、何てことは無いのだけど。何とかシンドロームって言ったっけ、例外なく毎週襲ってくる。
だからこそ、この何でもない散歩が良いのだ。
次第に、辺りが薄暗くなってきた。
(そろそろ帰ろう・・・)
そう思い、辺りを見渡した時。思わず、身体が固まってしまった。
「あれ、ここどこだ・・・?」
見覚えがない、全く見覚えが無い広場に立っていた。家からそう遠くまで離れてはいないはずなのに、どこを見ても全く場所が分からない。
困った。
ここ最近、不思議な体験をしたこともあって何だか妙に不安になる。ひとまずここから離れよう。
歩き出そうとしたその時だった。後ろから、もの凄い光が辺り一面を照らす。眩しい。ほとんど目が開けられない中、薄目でその光の先を見ると、何かが近付いてくる・・・。
車・・・?いや、もっと大きい・・・。あ・・・、列車だ。
ふと足元に目をやると、私はレールの上に立っていた。慌てて、その場から離れる。
ゆっくり、ゆっくり列車が近付いてくる。私の目の前で、ゆっくりと停止した。
扉が開く。だれも降りてはこない。
列車は、扉を開いたまま静かに止まっている。
(これは、乗れってことか・・・?)
怖い。どう考えてもおかしい・・・けど、あり得ない現象過ぎて不思議と不安は感じなかった。
(乗ってみるか・・・)
恐る恐る列車に乗り込むと、すぐに扉が閉まった。列車の中へと進んでみると、私以外にも何人か乗客がいた。
同い年くらいの男性、若い女性や子供もいる。みんなどこか不安そうだ。
(この人達はどこへ行くのだろう・・・)
乗ってしまったし、覚悟を決めて空いている席に座った。列車は走り続けている。
どのくらい時間が経っただろうか。長かったような、短かかったような・・・。途中、何度か停車したような気もするが、不思議とここは降りる所ではない、そう思って席は立たなかった。
再び停車した、扉の開く音がする。車掌の声が聞こえたが、残念ながら駅名は聞き取れなかった・・・が、どうやら終点のようだ。
周りに座っていた人も、次々に立ち上がって列車を降りていく。慌てて私も列車を降りた。
降りて辺りを見渡すと、妙に明るかった。さっきまでは日没を迎えて辺りは薄暗かったのに、昼間のような明るさだ。列車に乗っている間に、日付が変わってしまったのだろうか・・・。
辺りを見渡してみるが、「別世界」という言葉しか出てこない。見るもの全てが不思議な色や形をしている。変わった木、変わった花、変わった建物。
(・・・まさか、外国まで来ちゃったのか?)
人のいる気配はあまり感じられない。列車から一緒に降りた人も、いつの間にか姿を消していた。皆、どこかへ行ってしまったようだ。乗ってきた列車も、いつのまにか消えていた。
(・・・ひとまず歩くか。)
ここがどこなのかも、どこへ行けばいいのかもわからない。ひとまずここがどこかを知りたい。人を探そう。
幸いにも少し歩いたところで人に会うことが出来た。そして、これまた幸いにも言葉が通じた。
「あの、ここは何という場所なのですか?」
「う~ん、何って言われてもなぁ・・・。」
「地名というか、何か名前があるでしょ?」
「う~ん、この辺にいる人はここから離れることがないから、あまりそういうの気にしないんだよなぁ~。」
(・・・どういうことだ?自分の住んでいる場所を知らないという事か?)
質問をすればするほど、分からないことが増えていく。困った・・・、何か解決の糸口はないものか・・・。
(・・・あ。)
「あの・・・、イシキュアマナムってご存じですか?」
思い切って聞いてみた。
「あ?・・・イシ何だって?」
「イ・シ・キュ・ア・マ・ナ・ム。探してるんです。」
「そういう名前の人がいるのか?・・・う~ん、聞いたことないなぁ~。」
(やはりダメか・・・。)
一縷の望みで聞いてみたが、ここはそれとは特に関係のない場所なのだろうか。だとしたら、ここに連れて来られた理由は?ここから元の場所に帰る方法は?・・・だんだん不安が増してきた。
その時だった。
「あ・・・、そろそろ時間だ」
「え?」
どこからか音が聞こえる。列車の汽笛だ。
「ほれ、お迎えが来たよ。駅に戻りなさい。」
「え?・・・あ、はい。」
慌てて駅の方に走る。
(お迎え・・・?)
列車から降りたところに戻ると、ちょうど列車が到着するところだった。乗ってきたのと同じ列車だろうか?形はすごく似ている。
辺りを見渡すが、一緒に来た人達が戻ってくる気配はない。
(あの人達は乗らなくても良いのだろうか・・・?)
到着した列車に乗り込む。中の雰囲気も来た時と同じだ。
(やはり同じ列車か・・・?)
ドアが閉まり、列車が走り出した。私しか乗っていない。しばらく列車に揺られ、どのくらいの時間が経っただろうか。元の場所に戻ってくることが出来た。
Created by Ryohei Osawa
こちらは、キングコング西野亮廣さんが現在制作を進めている【夢幻鉄道】という作品の「二次創作」となっています。