林檎の妖精 #11 ~ #15
改めて周りを見渡すと、見覚えのある場所だった。子供たちが通っている保育園からすぐ近くの公園。運動会をやった場所だ。ビデオの映像が蘇る。列車に乗ったのもここだったのか・・・?
(・・・家に帰ろう。)
もう一つ気が付いたことがある。周りの暗さが、列車に乗る前とほとんど同じだったのだ。そして、スマホを見て愕然とした。時間が全く進んでいなかった。
(一体、何がどうなっているんだ。)
こんな話、誰にどう説明すれば良いのだろう。どんなに説明しても、何一つ伝わる気がしない。
家に着くと、子供たちはいつも通り部屋で遊んでいた。妻からは「夕飯どうする?」と尋ねられたので、少し考えて「たまには食べに行くか」と切り出した。
何だか色々なことがあり過ぎたので、気分を切り替えるためでもあった。
妻は子供たちに出掛けることを伝えると、二人とも大はしゃぎしている。外食というだけでテンションが上がるのは、いつの時代も同じだ。
「よし、行くよー。」
子供達と手を繋ぎながら、駐車場に移動する。お店まではそんなに遠くないが、帰りも考えると車移動の方が何かと都合がいいのだ。
「何食べたい?」
そんなことを聞きながら、エンジンをかけて車を走らせた。
運転していると、琴が色々な話をしてくる。
「お父さん、これ知ってる?」
保育園で流行っているのか、知らないゲームや言葉の話を次々と出す。
「へぇ~、そんなのがあるの?」
周りの友達から色々なものを吸収しているのだろう。今のうちにどんどん吸収して、色々な可能性を見せてほしいなと思う。
少し暗い道に差し掛かった。細道だが、ここを通る方がお店に早く着くのだ。横に雑木林が広がっている。
「ほら、琴見てごらん。森があるよ。」
「ほんとだ!イシキュアマナムがいるかもしれないね。」
(・・・え?)
「そうなの?」
「そうだよ、イシキュアマナムは森にいるんだよ。」
(・・・もしかして、あの時。あそこであった人に、森の場所を聞いていたら・・・。)
「イシキュアマナムは、いつも森にいるの?」
もっと聞いてみる。
「森にもいるし、川にもいるよ。」
「川?」
「そう、川だよ。凄い大きくて、きれいな川だよ。」
次、あの列車に乗ることが出来たら、会うことが出来るかもしれない。何だか妙なワクワクを感じていた。
会うことが出来たら、聞きたいことが沢山ある。誰なのか。何故、あそこにいたのか。そして、琴とはどこで知り合ったのか。今はどこで何をしているのか。
ゆっくり夕飯を食べて、その後はおもちゃ屋に行くことになった。琴の誕生日が近いので、そのプレゼント選びも兼ねている。
おもちゃ屋の入口のところに、沢山の短冊がぶらさがっていた。子供達のお願い事が色々と書かれている。欲しいおもちゃが書いてあったり、大人っぽい願い事を書いている子もいる。
「・・・琴は、保育園でお願い事を書いたの?」
「書いたよ!えぇ~っとね、みんなで温泉に行きたいって書いたよ。」
(温泉?マジか・・・自分が保育園の頃に「温泉」なんてワード出たかな。)
短冊を色々見ても思ったが、今の子供は案外みんなこんな感じなのだろうか・・・。
おもちゃを眺めながら色々話をして、これが欲しそうだなという目星をつけた。明日こっそり買いに来よう。
建物の外に出ると、星が奇麗だった。都内とはいえ、郊外ともなると結構見えるものだ。
「琴、ほらあそこの星が見える?」
「うん、見えるよ!」
「あれが、琴座。琴の名前は、あの星座から取ったんだよ。」
琴の誕生日は、七月七日。七夕だ。今年は平日なので遊びには行けないが、次の週末はどこか出かけようと思っている。
「あ!」
琴が大きな声を出した。
「どうしたの?」
「光がシューってなった!」
・・・流れ星だろうか?そのあと皆で少し眺めていたが、それ以降星が流れることはなかった。あと少しで誕生日の琴だけが偶然見れたのは、何か運命的なものを感じる。
(・・・なるべく早めに温泉に連れて行ってあげよう。)
そう思った。
その日の夜中、琴から前にもらった「お手紙」を眺めていた。こうやって見ていると、本当に絵が上手くなったなと感心する。
毎日のようにくれるので、結構な量だ。
一枚一枚、丁寧に見ていく。
次々と見ていると、ふと気が付いたことがある。所々に「イシキュアマナム」が描かれていたのである。改めて見返してみると、これまで何度も描いていたようだ。
(全然気付かなかった・・・。)
よく見たら、森の中に居たり川の横にいる絵も描いている。
(何でもっと早く気が付かなかったのだろう・・・。)
あの世界にもう一度行きたい。何の確証も得られていないのに、あの世界に「イシキュアマナム」が居る。何故か自信がある。
(どうやったらまたあの列車に乗れるのだろうか・・・。)
ネットに何も情報が無いことは既に分かっている。何か取っ掛かりになるようなものはないか。
列車に乗ることが出来たあの瞬間を、順を追って思い出してみることにした。
(・・・ダメだ。何も思いつかない。)
夕方にぼーっと歩いていて、気が付いたら見慣れない広場に居て。急に列車が来て、乗ったらあの世界に居た。
どこに行けば良いのか、何をすれば良いのかサッパリ分からない。たった一度のチャンスを逃してしまったのかもしれない。
たった一度。
「イシキュアマナム」に会えるたった一度のチャンスを。
翌朝。
起きて、身支度を整えていつも通りに会社に向かう。帰りは、おもちゃ屋に寄って、琴の誕生日プレゼントを買うのを忘れないようにしないと。
仕事をしていると、メールが来た。
ー 休日出勤、お願い出来ますか? -
(・・・マジか。)
正直なところ予想は出来ていた。いや、むしろ狙い通りだった。
ー 了解しました。振休は前もって、7日に消化します。 ー
よし、琴の誕生日にお休みを入れることが出来た。プレゼントを買いに行くのも、当日で良いだろう。何ならプレゼントは後日で、当日は少し遠出をしようか。選択肢が色々と広がる。
(・・・いっそ、温泉行っちゃうか?)
最速で短冊の願いを叶えることが出来る。これもアリだ。
(・・・帰りに、本屋でガイドでも見るか。)
目的が少々変わったが、帰りに寄り道をすることが確定した。
Created by Ryohei Osawa
こちらは、キングコング西野亮廣さんが現在制作を進めている【夢幻鉄道】という作品の「二次創作」となっています。