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せいしょのおはなし for kids4ーイエスにはとんでもない権威があるのですー


 このところ、緊急事態宣言の解除に伴ってか、身辺があわただしくなってきて、落ち着いてPCの前に座ってものを書くという作業ができずにいます。
 先ほど、1カ月以上前に子どもたちのために作った聖書のお話を書きなおして投稿したんですが、続けてきょう、お話しした内容を投稿します。
 イエス・キリストっていう方がどんな方か、知っていただけたらうれしいと思っています。

 初めに、新約聖書に記された出来事を、そのまま下に載せますね。


1イエスはこれらの言葉をことごとく人々に聞かせてしまったのち、カペナウムに帰ってこられた。2 ところが、ある百卒長の頼みにしていた僕が、病気になって死にかかっていた。3 この百卒長はイエスのことを聞いて、ユダヤ人の長老たちをイエスのところにつかわし、自分の僕を助けにきてくださるようにと、お願いした。4 彼らはイエスのところにきて、熱心に願って言った、「あの人はそうしていただくねうちがございます。5 わたしたちの国民を愛し、わたしたちのために会堂を建ててくれたのです」。
6 そこで、イエスは彼らと連れだってお出かけになった。ところが、その家からほど遠くないあたりまでこられたとき、百卒長は友だちを送ってイエスに言わせた、「主よ、どうぞ、ご足労くださいませんように。わたしの屋根の下にあなたをお入れする資格は、わたしにはございません。
7 それですから、自分でお迎えにあがるねうちさえないと思っていたのです。ただ、お言葉を下さい。そして、わたしの僕をなおしてください。
8 わたしも権威の下に服している者ですが、わたしの下にも兵卒がいまして、ひとりの者に『行け』と言えば行き、ほかの者に『こい』と言えばきますし、また、僕に『これをせよ』と言えば、してくれるのです」。
9 イエスはこれを聞いて非常に感心され、ついてきた群衆の方に振り向いて言われた、「あなたがたに言っておくが、これほどの信仰は、イスラエルの中でも見たことがない」。
10 使いにきた者たちが家に帰ってみると、僕は元気になっていた。
                   (ルカの福音書7章1~10節) 


 きょうのお話は、イエスさまに、自分のしもべの病気を治してほしいとお願いした百人隊長という人のお話しです。

 イエスさまが地上でかつやくされたのは、今から2000年ほども前ですが、そのころ、イエスさまがくらしていたイスラエルの国は、ローマ帝国という、大きくて強い国に支配されていました。「支配」というのは、大きな子が小さい子のめんどうをみるけど、そのかわり、いばったり、小さい子からおやつやおもちゃをとりあげて、自分の使いたいように使うのにちょっと似ています。ローマという国は、すごく大きくて強い国だったので、ちいさなイスラエルという国を敵から守ったり、面倒を見てくれたりもしたのだけど、イスラエルの人たちから税金というお金をとったり、いばって言うことを聞かせたりもしていました。

 そんな大きな国からやってきて、イスラエルの人たちがローマに対してはむかって来ないように見はったり、時には助けたりもしてくれる百人隊長という人たちがいました。町で何か問題が起こると、部下の兵隊さんたちを出動させて、さわぎをおさめたりもしていたみたいです。百人隊長のなかには、人びとに対していばっている、怖い感じの人も多かったけど、なかには親切で、町の人たちにいろいろと良くしてくれた人もいたようです。きょうのお話しに出てくる百人隊長さんは、とても親切でいい人だったみたいですよ。

 ある時、この百人隊長の部下のひとりが、病気で死にそうになっていました。百人隊長は、この部下をとても大事にしていたので、なんとかして助けてあげたい、治してあげたい、と思いました。でも自分の力じゃどうにも治してあげられないなあ、どうしよう、と思っていたのです。

 そこで、百人隊長が思いついたのが、「そうだ、あのイエスさまになら、この部下の病気を治してくれるにちがいない」ということだったのです。
 仮面ライダーゼロワンの番組で、アルトが「ああ、もう無理だ! ゼロワンでないとこの悪者はやっつけられない!」と思って、自分の力じゃなくて、ゼロワンの力で敵に立ち向かうのと、ちょっと似ていますね。

 このころ、イエスさまはイスラエル中で有名な人気者になっていましたから、この百人隊長もイエスさまのうわさをよく聞いていたみたいです。イスラエルには、神さまのことをおしえるえらい先生がたっくさんいたのですが、イエスさまは他のどの先生ともちがう、力強いお話をしてくれました。しかも、ものすごくたくさんの人の病気をいやしてあげていたのです。それでみんなが、「この人はいったい何者なんだろう?」と注目していました。なぜならイエスさまは、変身したり、じゅもんをとなえたり、「ハァッッ!!」と気合いを入れたりしなくても、ただ「なおりなさい」と声をかけるだけ、とか、ただいたいところに手をおくだけ、とかで病気を治しちゃったからです。

 そこで、この百人隊長は、ユダヤ人の友だち何人かにたのんで、イエスさまのところに行ってもらいました。そして、「自分の部下のために来て、病気をなおしてやってください」とお願いしてきてほしいとたのんだのです。その人たちは「OK」と言って、イエスさまのところに行ってお願いしました。するとイエスさまも「OK」と言って、一緒に百人隊長のところに出かけました。

 ところが、イエスさまがようやく百人隊長のおうちのそばまで来た時、彼の別の友達がやってきて
「あなたをお呼びした百人隊長がこう言っています。
『わざわざ私の家まで来て下さらなくても大丈夫です。あなたを家の中におむかえするなんてもったいないことですから。なので、ただわたしの部下の病気について【治れ】と一言、お言葉をください。そうしたら彼はいやされますから。私もローマの国から権威が与えられているので、私が部下に【行け】と言ったら行ってくれるし、【これをやって】と言えばやってくれます。だから、あなたが病気の人に【いやされなさい】とおっしゃったら、きっと私の部下はいやされますから。』」

 これを聞いたイエスさまは、すごくびっくりして、そして喜ばれました。そしていっしょについてきていた人たちに言われました。
「みんな、すごいよ! この人は、わたしが権威を持っていることをよおくわかっている。イスラエルの中でもそれをわかっていない人たちもいるのに、この人はわたしがだれなのか、なんの力でいやしを行っているのか、ちゃんとわかってるんだよ。」と。
そうしたら、その病気の人はすっかり元気になっちゃったんです!!

 さて、「権威」ってなんでしょう? 
たとえば、会社の社長さんは、大きな権威を持っていますよ。ゼロワンに変身する飛電アルトは、ただのお兄さんだった時は、会社のことをいろいろ決めたり、意見を言ったりすることはできなかったよね。でも、おじいさんの遺言でロボット開発会社の社長になったとたん、やっぱり普通のお兄さんのままなのに、会社のことをいろいろと決めたり、会社で働く人たちにいろんな仕事を命令してやってもらったりできます。

 もし今、誰かがこのおうちにやって来て、キミたち兄弟が夕ご飯前におやつを食べているのを見て「もうすぐごはんだからおやつ食べないで」と言っても、はるとたちが「だってうちのママが、きょうは夕飯遅くなるから食べてていいよ、って言ったんだ」と言ったら、当然その人は、それ以上命令したりしませんよね。でも、もしママが「もうすぐ夕飯だから、今お菓子を食べちゃだめだよ。」と言ったなら、キミたちはいうことを聞かなくちゃいけません。それは、ママという人は、自分の子どもたちに対して「権威」を持っているからです。

 この百人隊長が部下に「あの悪者をつかまえろ」と言ったら、部下はすぐそうしなければなりません。また部下は「あの戦いに出かけて行って、敵を全部やっつけるまで帰ってくるな」と言われたら、そうします。百人隊長には自分の部下に対して権威があるからです。そして、実は百人隊長にも、その上に「千人隊長」という、もっと権威を持っている人がいたので、もし千人隊長に「おまえ、オレのためにずっと向こうの井戸まで行って、美味しい水をつぼにたっぷり汲んで来い」と言われたら、暑くても重くても、百人隊長は言われたとおりにしなければなりません。権威って、そういうことです。

 さて、この百人隊長は、「イエスさまには、病気に向かって『治れ』と命令したら、病気に言うことを聞かせる権威がある」って、なぜかわかっていました。だから「ただお言葉をください。そうすればしもべはいやされます」と言ったのです。この人の周りには、たくさんの強い人、偉い人がいました。千人隊長もそうだし、この地方の王様や、ローマの皇帝という一番偉い人もいました。そしてそういう人たちには、ものすごい権威があることも知っていました。

 でも、そんな偉い人たちの誰とも違う、誰よりも力強い権威がイエスさまにはある、と感じ取って、信頼したんですね。それをイエスさまは喜んで、ほめて、そして願いの通り、その部下をいやしてくれました。

 キミたちは、パパやママの権威の下にあります。だから言うことをきかないといけません。同じように、病気はイエスさまの権威の下にあります。イエスさまが「出て行け」「治れ」と言ったら、病気はイエスさまの言うことを聞かないといけないのです。

 さて、イエスさまを信じて、イエスさまを心に迎えている私たちは、なんとイエスさまの権威をもらっています。だから私たちが病気に向かって「治りなさい」「癒されなさい」と言うなら、病気は私たちの言うことを聞かないといけない、ということになります。

 私たちは、心の中のイエスさまに「ただお言葉をください」とお願いして、イエスさまの「治りなさい」というお言葉をもらって、それを声に出して言うでしょうか。イエスさまはきょうも「一緒に神さまのわざを行おうよ」と招いてくださっています。キミたちはこの招きになんと応えますか?

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