農村民泊で出逢った、リアルサマーウォーズのおばあちゃん

こんにちは、sallyです。
猛暑が続きますが、みなさんいかがお過ごしでしょうか?

私は仕事で家に引きこもりの毎日でしたが、
東京に住むパートナーが大分に来るとの事で5日間お休み期間を作り一緒に過ごしました。

今回はそのお休みの中で、
ひょんなきっかけで宿泊先として選んだ安心院の農村民泊で
自分の60代以降のロールモデルになるほど影響を受けた「おばあちゃん」について書きたいと思います。

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目次:
・今回のきっかけ
・農村民泊って?
・感動した点:
1)車で10分の実祖母との経験や価値観の違い
2)拒食症/うつ病の大学生からのラブレター
・まとめ

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◉農村民泊を見つけたきっかけ:
きっかけはパートナーが映画「サマーウォーズ」の夏を体験したい、と言い出したことがきっかけ。
じゃあ私の地元大分県別府市より少し離れた田舎で過ごす日も加えよう!とネットで調べたところ
大分県中津市安心院町の農村民泊『舟坂昔ばなしの家』がヒット。
面白そう!と農泊について知識皆無で一泊二日で予約しました。

◉農村民泊って?:
平成8年(1996年)に安心院が観光誘致の為に行ったグリーンツーリズムによる農村民泊。
「1回泊まれば遠い親戚、10回泊まれば本当の親戚」をコンセプトに、当時農家を営んでいた中山さんご夫婦が農泊第一号だったようです。現在では安心院は「農泊発祥の地」と言われているほど、当時では前衛的な取り組みだったようです。

最初は「田舎の体験ができる旅館的な感じかな〜」とイメージしていましたが、
その後送られてきた農村民泊の概要やプランが記載されたPDFには
おばあちゃんと食卓を共に過ごすとの記載!

「初めましての知らないおばあちゃんと過ごすのか...」と不安に感じましたが、
パートナーと私のいつもの「まぁ、なんとかなるか」精神でそのまま宿泊決定しました。

【私たちの過ごした農泊スケジュール】

14時にチェックイン
(※囲炉裏のあるリビングにはAPUの学生さんが居て軽く話した後、入れ替わりで出ました)

おばあちゃんが作ってくれたランチを食べながら談笑

お昼寝やお散歩など自由に過ごす

夜ご飯を食べながら談笑

五右衛門風呂に入る

焚き火+花火を見ながら満点の星空を鑑賞

布団を敷き就寝

朝からおばあちゃんとうどんを足でふみふみしながら談笑
朝食をいただく

次の予定があり11時チェックアウト
(※予定がないならゆっくりしていってね、と言ってくれました。居心地良すぎてもっと居たかった...)

この日程だけでも十分田舎を満喫できて大満足でしたが、
中山みや子さんと農泊で出会ってきた人たちのストーリーにとても感銘を受け
終始心が震えて涙が出てしまうほど感動したので今回SHAREできたらと思い書き留めました。

1)車で10分の実祖母との経験や価値観の違い

中山さん(以下おばあちゃん)が約30年前にスタートした農泊。
当時の安心院は、大分だと別府や湯布院が観光地として有名なので、観光誘致できないかと考えた結果、
農泊を始めよう!となったそうで、農家の家々に受け入れについて聞きまわり、
当時農家をしていた中山さんが「1回だけならいいかな」と始めたそうです。

一回目が終了し、ホッとしていたのも束の間、まさかの翌週友達を連れてまた一泊したいとの申し出があったそうです。加えて1泊目の宿泊者は実は朝日新聞記者だったようで、取材も兼ねて宿泊したら感動し、次は友人を連れてきたいと言い出したそうです。そこから倍々で口コミで増え、現在では年間800名が訪れる場所に。

>>実祖母との衝撃的な違い

安心院とは川と田んぼと森が広がり、お隣さんは10M以上離れた距離の家が当たり前のような地域。
実は私の母方の実祖母も同じ中津市に住んでおり、私は初めての場所ではなく、小さい頃から100回以上訪れている馴染み深い場所。
実際に農泊に着くとなんと車で10分の距離。
また実祖母の妹と同級生で同じ校区内ということで、生まれも育ちも同じ地域でした。

私も幼少期から何度も実祖母に会いに100回以上安心院には訪れていますが、「女は家事をしろ、家を守れ」と口すっぱく言うような典型的な「田舎のおばあちゃん」
同じコミュニティから出たことがなく、現在はデイサービスにたまに行き基本は一人がいいと自給自足をしています。

そんな同じ環境下のおばあちゃんですが、中山さんは会話の質や理解度、経験則が違いすぎる。

農泊を学ぶ為に実際に農泊先進国のドイツに勉強に行ったり、
3年ラジオのパーソナリティーを頼まれ、自宅にいながら電話口でラジオの収録をしたり、
大学教授に呼ばれて講義をしたり雑誌に紹介されたり、
更には農林水産省に呼ばれて東京へ行ったり、各地の自治体や大学に講義をしてほしいと呼ばれ日本中を飛び回ったり。。。

50代以降でスタートした農泊から世界中に農泊に訪れた親しい「親戚」がいる。
いろんな方と出会っていて沢山のストーリーがあり、話していてネタが尽きないし面白く興味深い。
あっという間に夜が明けてしまいそうな濃厚な時間でした。

同じ環境下でも最初に農泊をするかどうかの「小さな選択の一歩」が、全然違う世界が広がり
こんなに人生の豊かさを得ることができるのかと衝撃を受けました。

2)拒食症/うつ病の大学生からのラブレター

おばあちゃんの農泊にはそして年間800人が訪れており、訪れた方も多種多様。
一般のご家族から学生、お金持ちから医者や教授、霞ヶ関で働く官僚からうつ病を患う学生、外国人まで。

エリート家系に育ち、霞ヶ関で官僚として働くとある男性。
尊重されないような激務から離れ、おばあちゃんちに来てホタルを見た彼は、自然と涙が溢れて感動して居たそうです。
私自身も、自然の中でシンプルで美しい環境以外にも、おばあちゃんの他人とは感じさせない、
押し付けがましくない自然な思いやりや温かい人柄に居心地の良さと懐かしさを感じる不思議な体験ができます。

※卒論のラブレター/参考がてら書く

→うつ病完治からの月4マン送金できるくらいまでなったよ、今では家族もいて観光誘致に関わっている

感動ポイント:唯一の味方

まとめ:
人生100年時代とは言われているが、現在の平均寿命を考えると30代後半と人生折り返し時点の私が
おばあちゃんと出会い改めて今後の人生設計を構築するきっかけになった

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