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おっさん

朝起きたらめっちゃニキビができてた。
顎、口周り、そして鼻頭の白ニキビ。
ロン毛が絡まる後頭部と首の付け根の間にはおできまで出来ていて触れると痛い。

栄養不足、ストレス、睡眠不足、のせいらしい。
コンビニでビタミンCの類を買うついでに疲労回復・肌荒れ用のユンケルも買った。

黄色い缶やら黄土色のパッケージをいくつもピッピっとセルフレジに通しながら思う。
まてまて、あれ、おれ、これ、おっさんじゃね?
おれ、はたからみたら、体調悪いおっさんぽくね?

身体もこころなしか怠くて重い。
2日前にこなした、なけなしの自重トレーニングによる遅れてきた筋肉痛のせいか。

俳優志望のくせに朝が弱いから自分は人より職場に遅く出勤する。
自分が1時間ほど業務をこなすと他の人たちはお昼休憩に入るから、その間は1人きりでPCに向かっている。
休憩室とこちらを隔てる仕切りは、よくあの大木をそんな厚さでスライス出来たなと思うほど薄い、タイヤのついた合板だ。
お昼休憩をとっている事務の若い女の子達の会話も丸聞こえである。

ある日、休憩室からこんな会話がきこえてきた。

「そういえば、あの阿部さんって独身ですよね?」
「ああ、阿部さんは独身じゃない?」

そんな会話がきこえてきて、私、阿部はギョッとしてしまった。

阿部さんは-独身-だと?

え、まって、おれって、独身、なの?
てことは、おれ、もう、おっさん、なの?
彼女とかいない、じゃなくて、どっ、独身!?
オレハドクシン、ツマリオッサンニツカウ単位??
いや、あの、おれが、おっさん、なわけなくないか。
、、!!!いやまてよ、、!!!
よく考えろ、、、!!。。。。むむ?

そうじゃないか!!おれはおっさんじゃないか!! 
アラサーじゃないか!!
独身じゃないか!!
27歳で死ねなかっただけの独身のアラサーじゃないか!!
早生まれを存分に活かしてるだけで来年29歳じゃないか!!!
アラサーというか、サー!!!!

何に驚いたかというと「独身」とか「既婚」とか「ママ友」とか「送り迎え」とか、今までそんな土俵に立ったことはこの人生で一度きりもなかった。
もちろん結婚や子育てに対する願望はあるけど。
今の自分にとっては関係のない世界のようで、御伽話や金曜ロードショーのようにすら思えていた。
めでたし、めでたし、もしくはエンドロールのその先の世界。

そんなことより「洋服」とか「インテリア」とか「プラグイン」とか「目黒シネマの特集」とか「ラブデリック(というゲーム会社)の新作がswitchで!」とかそういう土俵にばかり立っていた。

初恋とおじさんは突然に、か。
人生を俯瞰すると、初恋もおじさんもほぼ同時ぐらいのペースでやってくる。

そういえばちょうど最近親友から「来年パパになる可能性が浮上した」という報告を受けたばかりだった。
「全然好きって言ってくれない」という理由でふられた彼女と最後に渋谷のピニョンでした会話の内容は"保護犬の里親になるためにパートナーを無理やり作ってとりあえず2人で籍をいれてみたらそこから恋愛に発展して結果入籍後に恋愛を楽しんでいる"友達の話だったな。
そうか、ややこしくて気付かなかったけど普通に友達が籍を入れた話だったわ。

おお、、、なるほど、、、。
そういうことか。。。
たしかに彼女がいるとかいない、とかじゃなくて、これはもう、既婚とか子持ちとか独身の土俵か。。
独身の土俵。。

独身とは大人に使う単位。
学生や青年、淑女には使わない単位。
つまりおれはもう世間からすると立派なおじさんだったのか。
いわゆるおっさん。

「おっさん。」

普通にショックだ。

帰りに職場近くの行きつけのパチンコ屋に逃げ込むように入った。
ジャグラーのGOGOランプがペカる瞬間をみて、何もかも忘れたくなった。
ひとまず心を空っぽの状態にしたかった。
たかがLEDが点灯するだけのあのランプには、されど"独身"を忘れるぐらいの効力がある。

このパチ屋はジャグラーの導入台数の多い店舗で、平日の夜とはいえマイジャグの島はもう殆ど埋まってしまっている。
島を一周してからなるべく合算の低い台を見つけて腰をおろすと、勢いよく財布を開けて1000円札を投入した。新札だ。よしゃ。
新札は1000円でペカるというジンクスが自分の中にある。

今日はもうみんな結構ペカってるのかな、と思ってふと周りを見渡す。
スーツ姿でiQOSを吸うサラリーマン、ハンドバッグを抱えながら忙しなく強くレールを止めるおばさん、通算400ハマりして貧乏ゆすりが激しくなる頭髪の薄いご老人。

そこにいる人たちはみんな、おっさん、おばさん、だった。

例えばマイジャグの島に上からドローンをとばしてこのシーンを撮影したとすると、そこには「俳優志望でラッパーの若者」の影は微塵もない。
このシーンの台本のト書きはきっとこうだろう。
-エキストラのおっさんたち。どこか苛立しい雰囲気。貧乏ゆすりをするおっさんなど。
はい、カット!
ロン毛のおっさん!カメラ被ってるよ!
そこの導線で大きく動かないで!

そうかあ。
おれはもう「おっさん」なんだ。
あ、ペカった。
GOGO!

ジャグラーで得た数千円を誰もいない店内の発券機に通している。ウィン…。
呼んでも誰も出てこなかったけど、ま、いいか。
「特せいつけ麺」のボタンを押して、そのまま人差し指を左下にもっていき「ハイボール -WHITE HORSE-」のボタンを押そうとしたまさにそのとき、ガラッと店の扉が開いて「はい、いらっしゃい!」と誰もいなかった店内に店主であろう男性が戻ってきた。

威勢のいい声に驚いてふりむく。
咄嗟に顔を見た。
おっさんだった。
というかチョイ悪おっさんだった。
肌は浅黒くて健康的に焼けており、そこまで背は高くないものの油で汚れた黒い半袖シャツからは原哲夫タッチの隆々とした腕が覗いている。
キャップを後ろ向きに深く被り、スキンヘッドで、眉はみえないが細い()に黒目の大きい鋭い目付きでこちらをみて微笑んでいる。
「麺は冷たいのと、熱盛りがありますが!」

ジャグラーで数千円勝った自分はいつも降りるのとは別の最寄駅で降りてこのつけ麺屋を目指した。
入ったことはなかったけれど、前を通る度に気になっている店で、僅かな臨時収入も得たし今日はここで晩飯を済ませることにしたのだ。
ここに来る途中、カラオケ店の前でガールズバーのキャッチの女の子と楽しく談笑していた柄の悪そうな男性がいたが、なるほど、彼がこの店の店主だったのか。
彼らの横を通る際にキャッチの女の子がつけているであろうバニラをキツくしたような甘い香水のかおりが、少し冷たい秋風に乗って夏のそれよりよけいに鼻をついたから、印象に残っていた。
てっきり平日夜の時間を持て余した、年季の入った黒服とキャッチかと思ったよ。

GOGOランプのお陰で少し心は軽くなった。
というかギャンブルをしている間はそんなことを考える余裕がなかった、というのが正しい。
お金を飲み込む機械との戦争に僅かながら勝利した自分は、最初に出されたホワイトホースのハイボールをゆっくり飲みながら、iphoneのアプリを開いてひとまず明日の予定を確認する。
TimeTreeには15:00の欄に「某演技スクール個別説明会」と記載されていた。
あっ、そうか、明日は説明会だ。寝坊しないようにしなきゃ。
冒頭にも記したように俳優志望の私だが、楽観的視点とちゃちなプライド…というか自分に対する過信で某事務所の某養成所などに入る機会もなんとなく蹴ってしまった。
結局そこからはワークショップに通うしかない日々が続き、さすがにこのままではまずい、少しでも演技の機会を増やしたいと思い、最近になってようやく某有名(?)演技スクールを受験することに決めたのだ。
ひょっとすると来年から自分はちょうど10年前のようにまた学生に戻るかもしれない。
いや、ひょっとすると、というかそうなりたい。

アラサーなのに。
独身の学生。

朝は弱いから個別説明会の開始時間も遅めに組んでもらっている。

と、iphoneにメルカリの通知が来た。
「受け取り評価を完了してください」
いっけね。ところがどっこい、最近AKGのいわゆるええコンデンサーマイクをメルカリで安く買ったんだった。
定価よりも幾らも安い金額で新品に近い状態の商品を慎重に梱包して発送してくれた出品者様には本当に頭があがらない。高評価、っと…。
おかげさまでボーカルの録音は今までより中域や高域が抜ける少しリッチな音になったけど、まだ全然使いこなせてない。
帰ったらもう少しアレも研究してみないとな、、、。

なんだかんだ音楽はずっと好きだ。
本当にずっと好きだ。
幼い頃は自分の部屋と呼べる空間がしっかりなかったから、少ない稼ぎでも自由に一人暮らしして宅録環境を整えていく日々は小さな夢を叶えたようで楽しい。
最近はプラグインを使ってボーカルや楽曲を自分でミックスダウンするようになり、これまたようやく憧れに少し近づいた気がしてついつい夜中でも熱中してしまう。
うーん。そうだよな。多分今でも全然幸せなんだ。

今だから、より幸せなんだ。

そんなことを考えている間に、自分はしっかり割りスープまで飲み干してつけ麺を食べ終えていた。
具材もメンマまでしっかり味が染みていて美味しかったし、ありがとうございます、チョイ悪おっさん。
談笑してる中わざわざ店に戻ってきてくれたのも。
さて、帰るか、とリュックを背負って立ち上がったそのとき、これまた突然店の扉が勢いよくガラッと開いて、つけ麺屋には似合わないキツいバニラの香りが鼻をついた。

「ほい、アイスあげる!」
金髪ショートの背の低い若い女の子が、"ガリガリくん"を持った右手を店主の方にニュッと突き出してそこに立っていた。
彼女は先ほど店先で店主と談笑していたキャッチの女の子だ。
お客さんは自分だけだったから、彼女の声は大きかったにしろきっといつもよりも店内に響いたに違いない。

「マジで、本当に!いいの!」
「ありがとう、マジ嬉しい!」
店主も負けないぐらいの声量で礼を返して、それを受け取る。
こちらからは空腹を誘う濃い魚粉の香りが漂っていた。
その様を見ていると、肌寒い夜の秋風の中、浅黒い筋骨隆々の腕にすっぽり握られるガリガリくんをつい思い浮かべてしまう。

「うん、今日ははやくあがりなよ」
「おっさん」
黒目でパンパンの細い目がふにゃっとだらしなく曲がったのを、彼女も自分も見逃さない。

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今私はGAKICHANBARAPOPというラップユニットをやっている。
ちょうどこの文章を書いているタイミングで相方のGIIBOから新曲のリリックが送られてきた。
そのリリックはこんなラインからはじまる。
「不可能かも 落ち着いたダディ」

白ニキビ バニラの香る10月に冷房消せど枕にLE LABO

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