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【レポート記事】Salesforceカスタマイズ地獄で機能停止。文化シヤッター訴訟で浮き彫りになるPaaS導入の落とし穴
文化シヤッターと日本IBMのシステム開発訴訟:一体何が起きたのか?
近年、システム開発を巡るトラブルが増えています。
今回は、大手アルミ建材メーカーの文化シヤッターとIT大手の日本IBMの間で発生した、システム開発を巡る訴訟について、詳しく見ていきましょう。
この裁判は、なんと7年以上も続いた、大変大きな出来事だったんです。
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↑ 弁護士の解説記事 ↑
1. プロジェクトの始まりと頓挫
話は2015年1月に遡ります。文化シヤッターは、長年使ってきた販売管理システムを新しくしようと考えました。そこで、日本IBMに提案依頼書(RFP)の作成を依頼。複数のベンダーから提案を受けた結果、日本IBMを開発委託先として選んだのです。
提案内容:
日本IBMは、米セールスフォースのPaaS「Salesforce1 Platform」を使うことを提案しました。
このプラットフォームには、標準部品と呼ばれる便利なモジュールがたくさんあり、これらを組み合わせれば開発期間やコストを抑えられると期待されていました。
当初の計画では、標準部品を80%、カスタム開発を20%の割合でシステムを構築することになっていました。
システムは2016年7月に稼働開始、総開発費用は約12億3400万円と見込まれていました。
ところが、開発は計画通りに進みませんでした。東京地方裁判所によると、文化シヤッターが、旧システムと同じ画面の見え方にこだわったことが、カスタム開発の割合を増やす一因となりました。日本IBMも、標準部品の活用を積極的に勧めなかったため、カスタム開発の割合が95%にまで膨れ上がってしまったのです。
問題発生:
カスタム開発が多すぎたせいで、Salesforceのバージョンアップへの対応が難しくなり、システムが安定して稼働する見込みが立たなくなりました。
2016年3月に始まったシステム結合テストでは、予想を大幅に上回る770件もの欠陥が見つかりました。(標準的な欠陥発生数は467件程度)
2. 訴訟合戦へ
日本IBMは、2017年5月29日、画面のカスタム開発をほぼ全廃し、追加費用21億5000万円と2年4カ月の開発期間が必要な、新しい提案(「5.29提案」)を出しました。しかし、この提案は、文化シヤッターが当初目指していた業務革新ポイントのほとんどを達成できないものでした。さらに、既存システムとのデータ連携も難しい、受け入れられない内容だったため、文化シヤッターは日本IBMへの不信感を募らせました。
文化シヤッターの役員からは、「今までの作業はほとんどムダだったのか?」といった、悲痛な訴えがあったそうです。そして、2017年11月、文化シヤッターは日本IBMに対して、27億4000万円の損害賠償を求める訴訟を起こしました。日本IBMも、追加作業の未払い金など、約12億1000万円の支払いを求めて反訴しました。
3. 裁判所の判断
この裁判では、システム開発が頓挫した責任がどこにあるのかが、最大の争点となりました。
一審判決(東京地方裁判所):
東京地裁は、日本IBMが「開発手法を誤り、かつ、適切なプロジェクトマネジメントを怠った」と判断しました。
日本IBMは、標準部品を積極的に活用し、カスタム開発を抑制するよう、文化シヤッターを導くべきだったが、そうしなかった点を指摘しました。
また、Salesforceのバージョンアップ対応が困難になることを予測できなかった点や、システム結合テストで多くの欠陥が見つかったことなどから、日本IBMのプロジェクトマネジメント能力に問題があったとしました。
ただし、文化シヤッターの仕様変更要求など、ユーザ側の過失も一部認められました。結果として、日本IBMに約19億8000万円の支払いを命じました。(日本IBMの過失割合は85%)
控訴審判決(東京高等裁判所):
東京高裁は、一審判決を基本的に支持しつつ、日本IBMの過失割合を90%に引き上げました。
過失相殺の割合が変更されるのは珍しいことです。これは、日本IBMがシステム開発の専門家としての責任をより重く考慮された結果と言えるでしょう。
賠償額は、約20億500万円に増額されました。
最高裁決定:
最高裁判所は、2025年1月10日付けで両社の上告を棄却する決定をし、控訴審判決が確定しました。
日本IBMは、文化シヤッターに対して20億564万9461円の損害賠償金を支払うことになりました。
4. この訴訟から学べること
この訴訟から、システム開発プロジェクトには、様々なリスクが潜んでいることを改めて知ることができました。
SalesforceのようなPaaSの導入は慎重に: 標準部品を最大限活用することが大切で、安易にカスタム開発に頼ると、費用や期間が膨らむだけでなく、システムの運用自体が難しくなることがある。
ベンダーは高い責任感を持つ: ベンダーは、技術的な知識だけでなく、顧客を適切に導き、プロジェクトをマネジメントする能力が求められる。
ユーザも積極的に関わる: システムの要求を明確にし、ベンダーとのコミュニケーションを密にすることが大切。
裁判所の判断: 裁判所は、専門家であるベンダーに対して、より高い責任を求める傾向がある。
過度なカスタマイズは、コストだけでなくシステムの持続可能性にも大きな影響を与えることを、改めて認識させられる事例となりました。
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