【考察】琉球ブルーオーシャンズとの思い出と今後
琉球ブルーオーシャンズ
琉球ブルーオーシャンズ。
2019年に設立され、20シーズンより活動を開始した沖縄のプロ野球球団です。
どこかのリーグに所属することなく、NPBへの加盟を目標とし、クラウドファンディングでは中々の数字を叩き出しました。
また、GMに初年度楽天で指揮を執った田尾氏が就任し元ロッテの清水直行氏が監督を務めるなど、話題性は抜群。
IPBLに加盟や、NPB経験者の吉村選手や比屋根選手などの入団もあり、順調な船出になるかと思われました。
しかし、2020年。
新型コロナウイルスの感染拡大により、思うような活動を行えず、苦難の道を歩みます。
当時、一人でも感染すれば活動中止になったため、多くの遠征も取りやめとなり、20シーズンは消化不良で終了します。
21シーズン、沖縄からも近いKALが始動したことで、多くの試合予定が組まれました。
コロナ対策をしつつ、試合も順調に消化していきました。
ところが8月。
8月18日のPCR検査で陽性反応が確認されて以降、琉球BOの選手だけでなく、沖縄に遠征を行っていた大分Bの選手らもクラスターを起こしました。
この時、所属していた亀澤選手が自身のFans'に投稿した記事で様々な波紋が広がり、琉球BOの雲行きが怪しくなりました。
8月23日、メディアにて、”8月11日からの遠征で、複数の選手・コーチがチーム規約に反する、8時以降の店内飲食や酒類を提供しているお店の利用が明らかになった”と報じられると、球団は多くの批判を受け、謝罪文を投稿しました。
しかし、炎上は収まらず、オフには大量の退団者が産まれ、一時期は捕手が在籍しない状態にもなります。
更に、同年11月には台湾プロ野球”CPBL”への加盟を目指すも、一蹴。
22シーズンは昨年のこともあり、KALとは一試合も組まれず、3月にIPBLからの除名処分を受け、踏んだり蹴ったりな幕開けとなります。
何とか選手は揃いますが、非IPBLであるので、練習試合すら行えず練習しかできない為、巷では「プロとは」と揶揄されました。
シーズン中にも、急な退団発表や元所属の吉村選手給与未払い裁判などもろもろのやらかしもあり話題がつかなかった琉球BO。
2022年11月11日。
12月に行われる予定だったトライアウトを中止し、琉球ブルーオーシャンズは活動休止することを発表しました。
Title Photo by @KpbProject
こんにちは、サク来です。
先日、活動休止となった琉球ブルーオーシャンズ。
今回は、そんな琉球BOとの思い出を振り返って、かつこれからに関してを考えて参ります。
琉球BOとの思い出
サラマンダーズ及びKALと琉球BOとは21シーズンのみ試合が組まれました。
公式選手名鑑では、合計12試合が予定されていたことが分かります。
この12試合を、カードごとに振り返って参ります。
4月9日㈮ー11日㈰@藤崎台
初の対戦カードとなった藤崎台での3連戦では、サラマンダーズ初のカード負け越しとなりました。
初戦となった9日での試合では、猿渡選手が宮城選手に本塁打を浴び、敗北。
この黒星がサラマンダーズ公式戦初でした。
10日の試合は、チャンスを逃し、引き分け、11日は先発の中西選手を攻略できず2敗目となりました。
しかし、10日の試合では、9回から、河添選手のタイムリーで土壇場同点に、11日の試合も最終回、吉村選手の犠打で1点差まで食らいつくなど、収穫はありました。
4月16日㈮-18日㈰@藤崎台
リベンジ戦となった16日の試合は、初回と3回に失点しますが、直後に河添選手のタイムリー、6回に吉村選手の、KAL初ホームランが飛び出し、逆転。
見事初勝利を納めました。
翌日、17日の試合では、終始主導権を握り勝利。
18日の試合は敗北しますが、琉球相手に初の勝ち越しを成し遂げました。
8月5日㈭-7日㈯@藤崎台
琉球BO相手に初のスイープとなった8月初週。
初日の5日は、7回に逆転しルーズベルトゲームを制しました。
6日は宮澤ー中島バッテリーが8回まで無失点に抑えると、クローザー石森選手がきっちり抑え、2連勝。
7日は、橋中選手の犠打を守り抜き、無事3連勝となりました。
また、この3連戦で石森選手が怒涛の3連投。
全てセーブを記録し、NPBへのステップを上りました。
8月12日㈭ー14日㈯@SHOWA ハンバーガースタジアム唐津、タマスタ、的場池球場
この日は琉球BO主催のカードでしたが、雨により中止となりました。
この翌日、実質琉球BO最後の試合となる大分B戦が、沖縄にて行われました。
琉球BOの今後
ここからは琉球BOの今後についての考察を行います。
活動の再開
活動休止を表明した琉球BO。
果たして活動が再開されることはあるのでしょうか。
日本の独立球団において、「解散を行わず、活動を休止して名前を残す」事前例は幾ばくかございます。
かつて初代カンドクに所属していた「神戸サンズ」は、2013年に活動を一時休止しましたが、それ以降復活することはありませんでした。
また最近では、NOLの福井NEが今シーズンいっぱいで活動を休止し、運営元の解散することが報じられました。
両者とも、休止の決定打としてスポンサー不足が挙げられます。
ご存知の通り、独立球団にとってスポンサーは最重要レベルの資金源です。
琉球BOも、昨年の一件が起こって以降、スポンサー離れが深刻化しており、この休止期間で新たなスポンサー獲得に努めるとの報道も出ております。
しかし、前例を踏まえるとそれは非常に困難であり、前述のやらかし諸々を考えても、スポンサー獲得は難航することが考えられます。
従って琉球BOの活動再開はかなり難しいとサク来は考えます。
残された監督・選手・コーチたち
2022年10月14日、8名の退団者が発表されて以降も、活動(練習)は行われ続け、先日の休止発表時点では8名の監督・選手・コーチが在籍しております。
そもそも、この休止に関して、フロントとプレイヤー間で十分な認識が取れていなかったことが、佐野公祇コーチのツイートから伺えられます。
このことから、休止は急に表明されたことであり、選手らは取り残されている状態となりました。
彼らは一体どうなるのでしょうか。
21シーズンオフを引き合いに出すと、丁度バッシングがピークだったころに大量の選手が退団されました。
昨シーズンの主な退団者に、日隈モンテル選手(徳島ISー西武)に、寺原選手(北九州PーSBコーチ)、大河選手(北九州P)など他チームへの移籍する選手が多く見られます。
今シーズンも、6月に清水選手の士別SB移籍が発表され、選手の需要は少なくないことが伺えます。
今後、他球団へ入団することが考えられます。
選手に罪はありません。
おわりに
今回は、琉球ブルーオーシャンズの今後について、サラマンダーズとの思い出を振り返りつつ考察しました。
2019年に、上々な滑り出しをしつつ、僅か3年でその幕を一旦閉じる決断をしました。
果たして、再度船出はされるのか。
また、在籍し続けた監督・選手・コーチらの進路はいかなるか。
そして、球団はスポンサーへどのような誠意を見せるのか。
はたまた同じ轍を踏むのか。
注目です。
ご覧いただきありがとうございました。
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