【選手紹介】#42 藤岡好明
【笑顔の裏に宿す挑戦心】
JR九州を経て2005年にSBにドラフト3位で入団した藤岡投手。
ルーキーイヤーから開幕一軍を果たし、13年までSBブルペン陣の一角を担った。
14年からは日本ハムで、16年からはDeNAでプレーし、リリーフとして活躍するも、20年に戦力外通告を受け引退。
21年からはコーチを務めたが、選手として上達する情熱を捨てきれず現役復帰を決意。
22シーズンから火の国に入団し、投手コーチ兼任選手としてプレーを再開した。
コーチ業との兼ね合いもあってか登板数は滅多になかったものの、コーチとして、選手として他の投手陣に自身が得た経験やノウハウを伝播した。
vs西岡剛、9回ウラに見せた七色の決め球
こんにちは、サク来です。
今回は投手コーチ兼任として22・23シーズンを戦った藤岡投手をピックアップいたします。
SB・日ハム・DeNAで中継ぎ投手として長年にわたり活躍し、20年限りで一度引退しました。
引退後、DeNAにて2軍投手コーチを務めた藤岡投手。
しかし選手としての情熱が再び蘇り、退団後火の国へ入団しました。
「投手コーチ兼任選手」として入団し、若い選手に混じりながら練習に参加しつつ、バッテリーにアドバイスを行う大変な役割を担いました。
選手としての出場は22シーズンは10試合、23シーズンはわずか2試合のみと満足できる登板数ではなかったと思われますが、マウンドに上がれば抜かりない投球をみせ、大きく崩れることなく与えられた役割をこなしました。
在籍した2シーズンのうちどちらもコーチとしての側面が強かった藤岡投手ですが、23シーズンAwardにて退任を発表すると、翌月には新規ファーム球団・ハヤテのトライアウトを受験し、見事合格。
飽くなき探究心が新たな道を切り拓きました。
そんな藤岡投手が最も輝いた試合に、22シーズンの北九州P戦を挙げさせていただきます。
※以下リンク先の動画が非公開となっておりますが、北九州P公式YouTubeチャンネルでも動画がアップロードされておらず、現時点で形式上残されているものを選定いたしました。
ご了承ください。
この日の火の国は終始優勢でした。
初回に水本選手のタイムリーで先制すると、4回、5回に追加点を入れます。
6回にこの日初出場となったグスタボ選手が引っ張り方向へのグランドスラムを放ち試合は完全に決まりました。
9回にも4点を追加し、スコアは14-3。
圧倒的大差をつけた中で最後の回にマウンドに立ったのは藤岡投手でした。
対する北九州Pの先頭バッターは代打・西岡監督。
ウグイスコールが名前を告げると、圧倒的劣性にも関わらずスタンドが湧き上がります。
投じた初球、打った打球を三塁・仲村選手が処理する前に一塁に到達しセーフ。
スタンドのボルテージはクラブミュージックも相まって最高潮に達しました。
しかし藤岡投手は、その程度では崩れない胆力を持っていました。
続く尾野選手、宮本選手を空振り三振。
神谷選手にはストレートの四球を与えますが、続く3番・野元選手を空振り三振に打ち取り、ゲームセット。
大きな波を跳ね返し着実に勝利をもたらしました。
ハヤテ223で若手とともに己を磨く決断を選んだ藤岡投手。
その挑戦心は並大抵の勢いで止めることはできません。
おまけ
スタメン発表時に他の選手コーチに負けず劣らずはっちゃける藤岡好明投手コーチ兼任選手
宮澤選手とキャッチボールを行った藤岡好明投手コーチ兼任選手
地上波では馬原監督が解説を務める中、YouTubeの公式裏配信にSPゲストで呼ばれた藤岡好明投手コーチ兼任選手
謝辞
この度、藤岡好明投手コーチ兼任選手の記事を作成するにあたり、ひーさん様(@Hiisan_n423)より多くのお写真の提供をいただきました。
ひーさんにはスタンドの内外でお世話になっており、頭が上がりません。
この場を借りて御礼を申し上げます。
詳細情報
成績
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