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Adele「Easy On Me」に込められた、静かなる決意表明。

いきなりですが、ここでクイズです。

「21世紀、イギリスで最も売れたアルバム」といえば誰の何という作品か。なんだかんだリアムやノエルやビートルズが強いのでは、あるいはMuseとかColdplayとか。しかし新世代の台頭も目覚ましい、ということはアクモン?The 1975??いいえ、ヒントはソロアーティストです。わかったSam Smithでしょ?惜しい、正解は彼と同じく007シリーズ主題歌を担当した名手。

Adele『21』。21世紀、UKで最も高いセールスを誇る名盤。

ぶっちゃけ名前は知ってるけどあんま根詰めて聞いてなかったという貴方、「Rolling in the Deepが入ってるアルバム」ですよ。ああ、そりゃ名盤だわと問答無用でご納得頂けるはず。主宰が彼女に魅了されたのは前作の『19』、スペースシャワーTVで初めて「Chasing Pavements」のMVを観た時の衝撃。同じ10代で、ここまで光り輝いて映った存在は彼女を差し置いてない。

突如シーンに現れ、瞬く間にスターダムを駆け上がった。

勿論長年のUKファンからしてみれば「全て必然だった」のかもわからない。いずれ訪れるはずの新時代のDIVAが21世紀初頭に、こんなにも早い時期に、しかも将来の伸び白すら感じさせる堂々の貫禄を見せたものですから。新たな音楽史を作り上げた一人が「Rolling in the Deep」から丁度10年に当たる今年、実に6年振りとなる新作のリリースを発表しました。

MVディレクターは、「Hello」以来のタッグとなるXavier Dolan。

6年間という「ブランク」について。

あまり好きな言葉ではありませんがしかし、新作リリースが6年滞った事実は揺らがない。ある人は制作意欲の衰えだと突き放すのかも、またある人はプライベートな事情にまで探りを入れ始めるかも。出来る限りそういった類のメタ発言は控えたい、でもまずは、彼女自身の声に耳を傾けよう。つまり「パニック発作」との戦いの日々に思いを馳せる。

彼女の抱える重圧や音楽制作の苦悩と安易に比べられるべきでないことは重々承知の上、主宰も彼女と同じ20代に「パニック発作」の恐怖と戦った。ひょっとすると読者様にも少なくないかも。ズバリ必ずしも不安や心配に紐付いて起こる症状ではない点が、一番苦しかった。突如、命の危険を感じる程の嵐に見舞われる。さっきまでの事全てが黒塗りされてしまう感覚。

「逃げてはいけない」論法の功罪。

回避策を良しとしない、現実逃避を非とする風潮は近年特に根強い印象が。苦しいのはお前だけじゃない、特別扱いされてなんかズルい、病気に逃げるなといった圧迫感は決して少なくなく。遅かれ早かれ誰にいつ降りかかっても不思議でない症状なんです、少しでも体調に異変を感じたら迷わず誰かに相談して。貴方の苦しみを分かち合える存在に、気付けるかもしれない。

とはいえ話を戻しますと。意識的に音楽制作から離れる時間を作ったことでむしろ音楽と真正面から向き合えるようになったのではないか、というのが彼女の新曲を聞いていの一番に感じた部分で。例えばそれは表層的な「創作意欲」といったレベルでなくより深層的な「創作スタンス」すら塗り替える体験だったのではないかと邪推してしまいます。

「音楽から距離を置け」と言われると尚更「音を奏でたくなる」。

些か自分語りが過ぎますが、主宰は高校時代ドクターストップにより部活動を休止していた時期があります。しばらくは何も考えずゆったりまったり過ごそうね、主治医の言葉はそんな風だったと記憶しています。しかし蓋を開けてみれば休止期間、真っ先に手に付いたのは実家のクラビノーバでした。なんだか良く分かんない理論書まで買ってしまって。

つまり現在に繋がる自身の創作意欲は全てここから出発している。どれだけ音楽に心と体を蝕まれようと、それを再生する一番の手段は「音を奏でる」ことだった。音楽を愛し、しかし音楽によって着実に心身を侵されそれでも決して音楽から離れることができず。プロアマ問わず、きっとこれが音楽を志す者の答えなのだと思います。

恐らくAdeleにとっても、それは画期的な一歩だったはずで。

復帰作のタイトルを「Easy On Me(お手柔らかにどうぞ)」とした真意。

勿論、ご無沙汰してますの意味合いは強いはず。その上敢えて、捉えようによっては半ば煽り口調とも取られかねない語り口で「お手柔らかにどうぞ」なんて突き放してきたものですから。古来から続くUKの作法、むしろ20年代の音楽シーンへ向けた明確な宣戦布告と受け取るべきか。苦汁を舐めた彼女だからこそ繰り出せる会心の一撃、シーンにとっての痛打があるはずで。

リスナーとしては尚更期待せざるを得ない。一回りしてAdeleが取り戻した野心とは、真に目指す音楽性とは。新曲MVは「Hello」の舞台から始まる、彼女の20年代を見据えた覚悟がひしひしと感じられます。これは明確な意思表示。過去の栄光を一切捨て置き、真摯に今を生き、未来を紡いでいくのだというはっきりとした決意表明。新作、楽しみに待ってます。


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