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映画日誌’25-01:ブラックバード、ブラックベリー、私は私。

trailer:

introduction:

ジョージアの新進女性作家タムタ・メラシュヴィリの大ヒット小説を原作に、新しい人生を踏みだそうとする中年女性の姿を描いた異色の青春物語。自由を愛し、淡々と日々の生活を送っていた48歳の独身女性に突然訪れた転機を描く。ジョージアで主に舞台を中心に活躍してきた俳優エカ・チャヴレイシュヴィリが主演を務める。監督はジョージア出身のエレネ・ナヴェリアニ。第73回カンヌ国際映画祭正式出品。(2023年 ジョージア・スイス合作)

story:

東ヨーロッパ、ジョージアの小さな村に暮らす48歳の女性エテロは、今まで一度も結婚したいと思ったことがない。両親と兄を亡くし、日用品店を営みながらひとりで生きてきた彼女は、自分で摘んで作るブラックベリーのジャムと同じくらい、今の暮らしを愛している。しかし彼女が独身でいることは、村の女たちの噂の的だ。ある日、エテロはブラックベリー摘みの最中に崖から足を踏み外し、危険な目に遭う。死を意識したエテロは、突発的に人生で初めて男性と肉体関係を持ってしまう。そしてそこから、彼女の人生は大きく変わり始めるが…

review:

ジョージアは、ユーラシア大陸の南コーカサスにある共和制国家だ。ヨーロッパとアジアの境にあり、東ヨーロッパと西アジアのいずれにも区分されることがある。ロシアをはじめ外敵の侵略や支配に晒されてきた歴史を持ち、その影響で、保守封建的な家父長制度が色濃く残る。そんなジョージアの作家であり、フェミニズム活動家のタムタ・メラシュヴィリによる大ヒット小説“Blackbird Blackbird Blackberry”を、ジョージア生まれスイス在住のエレネ・ナヴェリアニ監督が映像化した。

ジョージアの小さな村、両親と兄を亡くし、日用品店を営みながら一人で暮らしている48歳のエテロ。48歳、実はほぼ同世代であるが、わかりみが深いし共感しかないし、何なら羨ましい。家族にも組織にも何者にも縛られず、自分の足で立ち、自分の人生を生きていることの自信と余裕だ。そして堂々たる貫禄、土偶のような豊満さを讃える肢体に惚れ惚れする。女性の本来の美しさと強さが、カラフルな色彩と端正な構図でやわらかく描き出され、心に染み入っていく。

村の茶飲み友達の、どこまでも底意地の悪い憐れみと蔑み。しかし彼女たちも家父長制度の犠牲者だ。不幸な生い立ちの、男に愛されたことのない太った中年女性を嘲笑し、夫と子どもがいる自分を肯定しなければ居た堪れないのだ。そんな彼女たちに、「結婚やペニスが幸せを運ぶなら、世の中の女は皆幸せなはず。でも、どこに幸せな女がいる?」と言い放つエテロの清々しさ。支配的な父と兄による抑圧から解放された彼女だからこそ、もう決してそこに戻ってくることはないのだ。

自らの在り方に満足し、老後を楽しみに待ちながらも、近所のロック好きの若い女の子や、街の仕入れ先のレズビアン・カップルと心を通わせ、情報を仕入れる柔軟さも併せ持つ。寡黙なのでわかりづらいが、ちょっとした表情やしぐさで、恋愛やセックスを楽しみ、生きる歓びを享受するエテロの心情を映し出す演出、俳優の演技が素晴らしい。それでいて、彼女は決して男に翻弄されることも支配されることもない。エテロが貫く自立、自由な心、崇高なる孤独が、どこまでも美しい。

ブラックベリーを心から愛するエテロは手製のジャムをスプーンですくって食べ、最後は水で薄めて飲む。そしてカフェで注文する「ナポレオン」がでかい。薄いパイ生地にクリームをはさんで何層にも重ねたミルフィーユだ。それをぺろりと平らげながら、いくつもテイクアウトする。愛するものを自由な心で楽しむエテロなら、きっと思いがけない人生の展開も歓びに変えていける。私も正月太りを気にしている場合じゃないと、大好きな鈴懸の苺大福を買って帰ったのであった。

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