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映画日誌’21-15:旅立つ息子へ

trailer:

introduction:

『ブロークン・ウィング』『僕の心の奥の文法』で東京国際映画祭グランプリを2度受賞したイスラエルの俊才ニル・ベルグマンが、自閉症スペクトラムの息子と父親の絆を描いた人間ドラマ。脚本家ダナ・イディシスの父と弟の実話をもとに、息子のために人生を捧げる父親の姿を映し出す。主演はイスラエルのベテラン俳優のシャイ・アヴィヴィと、無名の新人ノアム・インベル。第73回カンヌ国際映画祭オフィシャルセレクション「カンヌ2020」に選出された。(2020年 イスラエル,イタリア)

story:

一流グラフィックデザイナーというキャリアを捨て、自閉症スペクトラムの息子ウリのために人生を捧げてきた父アハロンは、田舎町で2人だけの世界を楽しみながらのんびりと暮らしている。しかし別居中の妻タマラは息子の将来を案じ、全寮制の特別支援施設への入所を決めてしまう。定収入がないアハロンは養育不適合と判断され、裁判所の決定に従うしかなかった。ところが入所当日、大好きな父との別れにパニックを起こすウリ。その姿を見たアハロンは息子を守ることを決意し、2人の逃避行が始まるが...

review:

息子のために全てを捨ててきた父親が、いつの間にか成長していた息子から子離れする物語だ。自閉症スペクトラムの子どもが親離れする話ではない。子育てのゴールってどこだろう。子育てしたことがないので分からないが、きっと、独り立ちしたときだろう。子育てしたことはないけれど子育てされたことはあるので分かるが、過保護であることは往々にして親の自己満足だ。子どもを信じて見守り、独り立ちを促すこと。それができない愛情は、およそ自己愛のようなものだろう。

私の姉は、高齢出産を乗り越えて授かった待望の長男を、生後4ヶ月で保育園に預けて社会復帰した。たくさんの大人の手で愛情深く育てられた甥っ子は、感受性が豊かで意思表示がはっきりしており、よく笑いよく喋る。そして物心つく前に一人寝の習慣がついていた彼は自立心が旺盛で、5歳になると1人で我が家に泊まりに来るようになった。姉の子育ての全てを肯定するわけではないが、子どもを1人の人間として尊重し、その存在に依存しない姿勢には感心する。お互いに不完全な部分を受け入れ、そこには親子関係とともに人間関係があるように見える。

そういう意味で、アハロンはウリに依存してしまっている。父と子、2人の世界で生きている様子は微笑ましくもあるが、どこか、出口のない閉塞感が漂う。ベルグマン監督が

「息子を守ろうという父の思いは、国境や文化を越えて共感を呼ぶものだと思います。危険な世界から愛しい誰かを守るというテーマは、身近なものですからね。私は劇中にある“ねじれ”がとても気に入っています。父親は息子のためにキャリアを捨てたのではなく、自分の繊細かつもろい性格ゆえに、子育てという盾を手にして現実逃避したのです。実は息子を利用しているのです。アハロンを苦しめる葛藤は、人生に悩む人々の共感も得られると思います」

と語っている通りだ。観る側も引き離される父子に胸を締め付けられるが、物語が進むにつれ、過保護なアハロンに反対する妻タマラの思いが理解できるようになっていく。そのあたりのさりげない描写も見事だし、俳優陣の素晴らしい演技や美しいロケーション、父と子の絆と成長を映し出した完璧なラストシーンが、心の奥のほうに余韻を残す。いい映画だった。

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