映画日誌’20-49:声優夫婦の甘くない生活
trailer:
introduction:
1990年、ソ連からイスラエルに移民した声優夫婦の第二の人生を、フェデリコ・フェリーニなどの名作へのオマージュを交えながらコミカルに描いた人間ドラマ。エフゲニー・ルーマン監督が、旧ソ連圏から移民した自身の経験をもとに、海を渡ったロシア系ユダヤ人のリアルな姿を映し出した。主演は『ベルベット・アサシン』『アメリカン・アサシン』などのウラジミール・フリードマン、イスラエルで活躍する俳優マリア・ベルキンなどが出演する。(2019年 イスラエル)
story:
1990年、ソ連からイスラエルへ移民したヴィクトルとラヤ。かつてソ連に届くハリウッドやヨーロッパ映画の吹き替えで活躍した声優夫婦だったが、新天地では声優の需要がない。生活のため、ラヤは夫に内緒でテレフォンセックスの仕事に就き、思わぬ才能を発揮して売れっ子に。一方のヴィクトルは、違法な海賊版レンタルビデオ店で再び声優の職を得る。ようやく生活が軌道に乗り始めた2人だったが、妻の秘密が発覚したことがきっかけで、お互いの本音が噴出し...
review:
この夫婦がソ連からイスラエルに移民した1990年前後の世界情勢について調べてみた。学校で学んだはずだし、何なら中学生だったんだけどね・・・東西冷戦の緊張感、核戦争の恐怖とノストラダムスの予言に怯えていたことしか覚えてない・・・。1985年以降、ゴルバチョフが押し進めるペレストロイカ(改革)を背景に東西冷戦が集結に向い、「鉄のカーテン」に穴があく。1989年12月、地中海のマルタ島でゴルバチョフとジョージ・H・W・ブッシュが冷戦の終結を宣言。1990年10月にベルリンの壁崩壊。1991年1月に湾岸戦争勃発。失敗に終わったクーデターやバルト三国の独立を経て1991年12月、ソ連は崩壊した。
ソ連崩壊劇の前後、社会主義計画経済が行き詰まって国が混乱すると、生活レベルが低下した人々は経済の不満を「ユダヤ人が作った共産主義」のせいだと噂し、苛立ちの捌け口をユダヤ人に向けるようになる。そもそも帝政ロシアの時代から反ユダヤ主義が政府の公式方針であり、迫害を恐れたユダヤ人たちがソ連を離れ、大量移民が始まった。現在イスラエルにおけるロシアからの移民は120万人にも達し、人口の15%を占めているそうだ。
そうした背景のなか、ヴィクトルとラヤの夫婦もイスラエルの空港に降り立った。彼らの表情には、第二の人生、新しい生活への希望が見て取れる。2人とも、かつてはソ連で公開される欧米映画の吹き替えで活躍した売れっ子声優だった。しかし新天地において声優としての需要はなく、生活のため職探しに奔走しなければならなくなる。背に腹は変えられず、ラヤはテレフォンセックスの仕事に就いて意外な才能を発揮し、ヴィクトルは違法な海賊版レンタルビデオ店にたどり着いて、フェリーニ愛を爆発させたりする。
アキ・カウリスマキ信者の私が敢えて言うが、どことなく、アキ・カウリスマキ的な情緒を感じさせる。アキ・カウリスマキほどではないが、端正でノスタルジックだ。声優夫婦の歴史を物語るフェデリコ・フェリーニやハリウッド名画へのオマージュとともに、抑圧されたソ連時代の呪縛から解放されるも生計を立てるために困惑し、湾岸戦争の脅威に怯え暮らす移民の複雑な心境を描き出している。ルーマン監督自身が少年時代に旧ソ連より移民しており、その経験を元に7年の歳月をかけてこの物語を作り上げたそうだ。そして、夫婦愛とユーモアが少し。夫婦を演じた俳優たちの演技も素晴らしく、佳い作品だった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?