映画日誌’21- 38:マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”
trailer:
introduction:
謎に包まれたファッションデザイナー、マルタン・マルジェラ氏の素顔に迫るドキュメンタリー。監督は『ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男』などのライナー・ホルツェマーが難攻不落と思われたマルジェラ本人の信頼を勝ち取り、「顔は映さない」「このドキュメンタリーのためだけ」という条件のもと、ドローイングや膨大なメモ、初めて自分で作った服などプライベートな記録を初公開。これまで一切語ることのなかったキャリアやクリエイティビティについて、マルジェラ本人が語る。ファッションデザイナーのジャン=ポール・ゴルチエ氏やカリーヌ・ロワトフェルド氏らが出演。(2019年 ドイツ,ベルギー)
story:
1957年4月9日ベルギーのルーヴェンに生まれたマルタン・マルジェラは、アントワープ王立芸術学院ファッション学科で学ぶ。ジャン=ポール・ゴルチエ氏のアシスタントを経て、ジェニー・メレンズと共同で自身のブランド「メゾン マルタン マルジェラ」を立ち上げ、パリ2区レオミュール通り103番地のアパルトマンで開業した。
review:
メゾン・マルジェラと言えば、おしゃれ番長さんたちが必ず持ってるTabiシューズと、タグが縫い付けられた白いステッチ。私もTabiが欲しいけれど、折り紙にインスパイアされた「ジャパニーズ」のバッグと、小さなお財布しか持っていない。それほどマルタン・マルジェラことを知っている訳ではなかったが、その独創性な世界がどのように構築されたのか知りたくて劇場に足を運んだ。
時代の美的価値に挑戦し、服の概念を解体し続けたマルタン・マルジェラは、キャリアを通して一切公の場に姿を現さず、あらゆる取材や撮影を断り続け匿名性を貫いたそうだ。彼の写真をネットで探してみたけれど、若い頃のものと思われる一枚だけが見つかった。「顔を出さずに名を成すのはすごく難しい」と本人も語っていたが、「作品が全て」と言い切る姿勢が尊い。
初めて自分で作った服、ドローイングや膨大なメモなど、プライベートな記録を初公開し、ドレスメーカーだった祖母の影響、ファッションデザイナーを夢見た幼少期、ジャン=ポール・ゴルチエのアシスタント時代、メゾン・マルタン・マルジェラの立ち上げ、エルメスのデザイナー就任、そして51歳にして突然の引退について、初めてマルジェラ自身がカメラの前で語る。
対象者に対して極めて誠実な態度を貫き、粘り強くマルジェラの信頼関係を築いたライナー・ホルツェマーだから撮れた、貴重なドキュメンタリー映像だ。ホルツェマーは実に長い時間をかけて、マルタン自身がごく自然に語る声を記録し続けた。顔が映っていないにもかかわらず、マルジェラのエレガントな手の動きをとらえた美しい映像によって、彼の精神の奥深いところまで旅をすることができる。
創作することの美しさ。表現することの美しさ。天才の所業。そういうものを目の当たりにして、自分の中の何かに火がついたような気がした。真に価値ある時間だった。