見出し画像

『宇治・花と川と歴史めぐり~お出かけ日記』#6

このお出かけはずいぶん前になります。執筆に時間がかかってしまい、記事のメインである紫陽花の時期が終わってしまったのです。なんとなく公開のタイミングを外したまま下書きとして熟成、発酵し、更に時季外れなものになっていますが、ご一読いただければ嬉しいです。


6月17日(土)京都府宇治市へ行ってきました。梅田に出てから大阪メトロで淀屋橋へ。そこから最初の目的地、三室戸寺最寄りの三室戸駅(駅名はみむろどと濁ります)まで京阪電車を乗り継いでやってきました。時刻は正午少し前。この日は30℃超えが予想されており、よく晴れた空から日差しが降り注いでます。すでに暑い。

京阪特急。僕達が乗った4号車はダブルデッカー(二階建)でした。
6号車プレミアムカーは別料金ですが、この車両は通常料金で得した気分。
思わず写真を撮ってしまいました。

電車を降りてから、三室戸寺までの道に迷うことはなかったです。なぜなら同じ目的地に向かうと思われる人が大量に電車を降りていて、人の流れについていけばいいからです。寺まで約1.1キロの間、人の流れが切れません。車の列もできていて、駐車場もいっぱい。やっぱり人気ありますね。

三室戸寺
770年、光仁天皇の創建という長い歴史を持つ寺です。重厚な造りの本堂や三重塔も見どころ。広大な日本庭園には、隣の山を借景にした枯山水、池泉回遊式の二つの庭園があります。僕達の目当ての紫陽花は、もうびっしりと赤、白、青の花を咲かせていましたが、人、人、人で拝観もままならず、あじさい園もまた大変な人出でした。日差しが強いせいでしょうか、紫陽花に若干元気がなかったです。りまのも「なんか水を欲しがってるね」と言ってました。僕達はこの日、後でも触れる植物園や民家の玄関先、歩道などでも多くの紫陽花を目にしましたが、どれも生き生きときれいに咲いていたので、少し残念でありました。

宇治市立植物園
公園でおにぎりの昼食を摂った後、JR宇治駅からバスで市立植物公園に行きました。本当は京阪宇治駅から乗るつもりが、間違えてJRの駅まで歩いてしまいました。植物園は「花と水のタペストリー」が見どころです。池の上の雛壇状花壇にプランターを並べて作られた絵です。定期的に変わるようですが、僕達が行った時には大きなカエル君がいました。
植物園としては小ぢんまりかもしれませんが、四季折々季節ごとの花が咲き、公園として散策を楽しめます。駐車場から植物園の入口まで、道路を跨いでつながるフラワーブリッジも見どころの一つです。
園内を回った後ライブラリーで本を見たりして、宇治駅へ戻るバス停に行くと、なんともう出てしまってました。次のバスは約一時間半後。僕は当日の電車・バスの時刻を控えたメモを持っていたのですが、間違った時刻を記憶していて確認も怠ったのが原因。痛恨のミスです。往路バスだった距離を、暑い中歩いて戻ることになったのですが、文句一つ言わず歩いてくれたりまの。今回に限らず、僕はお出かけでよく道を間違えましたが、不平を言われたことは一度もありません。いつもありがとね。

バス乗り場へ向かう途中の宇治橋からの眺め。
この時点で京阪宇治駅を通り過ぎています。
花と水のタペストリー・カエルくん。

縣神社
JR宇治駅周辺は平等院を始め寺社が多く、歴史の舞台としても興味深い話がたくさんあります。まず僕達が向かったのはあがた神社。祭神はコノハナサクヤヒメ。荒神咲夜の名の由来となった神様です。天孫・ニニギの妻ですが、浮気を疑われたことから産屋に火を放ち、無事に子を産んだことか
ら安産の神様になっています。また美と儚さの象徴とも言われます。

縣神社

橋姫と渡辺綱
宇治橋西詰から平等院表参道を入ると、橋姫神社があります。橋姫は、草木も眠る丑三つ時、藁人形に五寸釘を打ち込むという丑の刻参りを初めてやったという伝説の持ち主です。嫉妬に狂い21日間宇治川につかって鬼と化し、女や親類縁者皆を手に掛け、それでは収まらず暴走を続けた末、源頼光らいこう四天王の一人、渡辺綱に右腕を切り落とされたという話が『平家物語』にあります。またこの鬼女のイメージとは程遠い宇治橋の守り神とも言われます。真逆な人物像ですよね。

平等院と源三位頼政
世界遺産として超有名な平等院ですが、宇治も舞台の一つである『平家物語』ゆかりの場所を紹介したいと思います。
物語では、多くの人が命を落としていきます。そのさまが滅びの美学と形容されるのですが、滅んでいったのは平家だけではありません。先に源頼光の名前を書きましたが、その玄孫(孫の孫・やしゃご)源三位げんさんみ頼政もその一人です。以仁王もちひとおうの挙兵に従った彼が自刃して生涯を終えたのが、ここ平等院なのです。自刃した場所とされる「扇の芝」と墓が院内にあります。ぬえ退治の伝説を持つ優れた武人でありながら、勅撰集に入集するほどの歌人でもありました。

宇治川
平等院周辺を散策した後、宇治川の中州にある宇治公園にやってきました。十三重石塔のある塔の島と橘島の二つの島から成り、朱塗りの欄干のある橋や石碑など見どころ、風情のある公園です。宇治川は水量もあり、とても流れが速いです。
『平家物語』には宇治川を舞台にした合戦があります。1184年の宇治川の戦い、木曽(源)義仲と鎌倉の源頼朝から派遣された範頼・義経の軍の戦いです。この時の先陣争いの碑が橘島から対岸の宇治神社へ渡る朝霧橋の袂にあります。

宇治川沿いのお店の前の紫陽花。
宇治川中州、塔の島から見た観流橋。
後で調べたら橋の向こうから勢いよく流れ込んでくるのは発電所の水なのですね

お出かけの終わりに
川の流れのように時も流れていきます。でも、もしかしたら歴史上の人達と同じものを見ているのかもしれない。宇治川越しの夕日を見ながらそんなことを思いました。どれほど京都が観光地化しようと、この夕日が後の世の人達も見られるものであればいいな。そう思うほど美しい夕日でした。

第6回目の「お出かけ日記」いかがでしたか? 
季節がずれてますが、お楽しみいただけていましたら幸いです。

いいなと思ったら応援しよう!