novus_oryzaさん観察日記。【LIVE編〜時の狭間〜】

LIVE編〜前と中の間の出来事〜

登場人物(実在)
薄板の細工を失くした人の子。
@mochittou

春の葉色の人の子。
薄板の細工を作った。
@amies_com

巫女の血を引く二人組。
@me_gu_co_chang3 @sakuramochi016

粗忽者。
察して……

まー要するに、次を待ってことだ。うん。



真綿の詰め物に寄りかかった身体が身じろぐと、幾重もの紗で仕立てられた上掛けが涼しげな音を立てる。

花のかんばせ。白皙を引き立てる薄桃色の唇。
水宝玉の様な切れ長の瞳は先程から水鏡を見つめたきり動かない。
ふ、と僅かに笑みをこぼすその口元は、愉悦を感じている事を表していた。
腰まで伸びた絹の様に艶やかな銀髪。傍らにはそれを丁寧に梳る偉丈夫が一人。
濡羽色の髪は短く刈り上げられており、同色の濃い眉と瞳は、あの音が聞こえてくるまではとても穏やかなものだった。

「あるじさまあ!ただいま戻りましたあ」

頬をほんのりと赤く染めた女童が小走りにやって来る。
髪は肩に付かない長さでまっすぐに切り揃えられ、偉丈夫と同じ色をした濃い眉と大きな瞳は二人を血縁と知らしめる。
唇は大きな弧を描いていた。

「これ。あれほど走り回るなと」

眉を顰める偉丈夫に、ふわりと笑ってみせる主人。

「いいじゃないか。それで、見つかったのかい?」
「はい!」

女童は元気良く答えると帯に差し込んでいた、ある物を取り出して主人へと差し出した。
主人は受け取ると女童の頭を優しく撫でた。

「よく見つけて来てくれたね。大義だったろう?」
「いいえ、ちっとも!あるじ様のお役に立てて良かったです」

頭を撫でられ、うふふと笑う女童を見ると偉丈夫は肩をすくめた。

「まあ、一人で良く見つけてきたな。偉いぞ」
「兄さま!」

偉丈夫──兄にも褒められて、女童は破顔する。が、兄はコホンと咳をして見せた。

「だが、屋敷の中では音を立てて歩いてはいけないぞ」
「でもお、少しでも早くあるじ様にお見せしたくて」
「それでもだ。主様の御前でそのようにはしたない姿をしてはならない」

そんな兄妹のやり取りを、主人は愛しそうに見つめる。
やがて、兄に懇々と言い含められ、肩を落とした女童が主人に向き合った。

「あるじ様、お屋敷の中を走ってごめんなさい」
「ああ、許そう。それで、これは誰が持っていたのかな?」

主人に頭を撫でられて、機嫌を良くした女童はこくんと頷き、説明した。

「あるじ様の言ったとおり、あの神社を出たところで落としたようです。
それを子ガラスが見つけて寝ぐらに持ち帰ろうとしたところで、他のカラスに横取りされたと土産屋の三毛猫が教えてくれました。
三毛猫が猫の集会で情報を集めてくれたおかげで、横取りしたカラスから奪い返すことが出来ました」
「そう。なら猫達に礼をしないといけないな。……まあ、これだけ輝いていればカラスの収集心もくすぐられるだろうね」

主人はそれを優しく摘み上げ、くすりと笑みを溢した。

「主様、それは硝子細工でしょうか?」
「いや、硝子にしてはとても軽いよ」

兄は主人の長髪を梳る手を止め、主人の肩から覗き込んだ。
手のひらに載るほどの板硝子には色付けがされており、とても鮮やかだ。

主人からそれを渡され、兄は押し頂くとまじまじと眺める。色付けされた部分をそっと擦り、色が移らないことに感嘆する。

「それにしても、この絵の者は珍妙な出立ちをしておりますね。これは異国の民でしょうか」
「それがね、どうやらこの国の民らしいんだ」
「なんと」

主人が水鏡に目を落とすと、兄妹は主人を挟んで両側から同じようにじっと見つめた。

「ついこないだまで刀を振り回していたかと思えば」
「そうだね。あ、ほら、これをご覧よ」
「……アメノウズメ様でございますか?何とも……奇天烈な衣を纏っておりますな」
「兄さま!この方、八咫鏡を持っているわ。フトタマノミコト様なのかしら」
「と、なると……この岩を模したものは、天岩戸でございますか」
「でも兄さま、八咫鏡はアマテラス様をお映しになるのよね。どうしてアメノウズメ様が八咫鏡を覗いてらっしゃるのかしら」
「さて。それに、アマテラス様は何やら獣の頭を載せておられるし……。
主様。この者達には正しく伝わっておらぬのでしょうか」
「どうだろうね」

首を傾げる兄に、主人はのんびりと応える。水鏡に手を翳すと、映し出されていたものがすっと消えた。

「まあ、どちらでもいいさ。私としては、あれだけの民が歓喜を感じている様を見られればそれで十分さ」
「ここ暫く流行り病によって、この地を満たす喜びの力が弱まっておりましたから」
「そうだね。まあ、それでも細々と喜びを感じていてくれたからね。大地が枯れ果てずに済んで本当に良かったよ」
「さようでございますな」

兄がふと気付く。

「そう言えば、これはいつ持ち主の元へ戻すのですか?」
「これは常陸国の龍が欲していてね。今回はそちらに渡す約束なんだ」
「そんな…」

やり取りを聞いていた女童が息を呑む。先に声を掛けたのは主人だった。

「ん?どうしたのかな?何か気掛かりでも?」
「あのう……」

女童は先を促すように頭を撫でられながらも口を噤む。主従が辛抱強く待っていると、ようやく顔を上げた。

「あの、あの人の子は、とても悲しんでました」
「お前、まさか夢を」

兄の言葉にびくりと肩を震わす。

「わ、わざとじゃないんです。持ち主はどんな人間なのだろうって、そう考えたら、その……気付いたら、人の子が寝ている寝台の前に居て。
あの、私……ずっと何も食べていなかったから、お腹がとても空いてて……。でも、わざと食べに行ったんじゃないんです」
「大丈夫だ。私たちはお前を信じているから。やむなく夢を食べたんだね」

優しく頭を撫でられ、女童は目の縁を赤く染めてこくりと頷く。

「この薄板を失くしたことを、とても悲しんでいたんです。……だから、返してあげたくて……」

声が小さくなり、尻窄みになる女童の頭を、もう一度優しく撫でる。

「大丈夫。ちゃんと考えているから」
「主様?」

主人は水鏡に手を翳す。
すると、先程とは違う風景が広がった。

「あるじ様、これは?」
「ほら、この人の子が、この薄板を作り出した。そして……ほら、この二人」

そこには芽吹き始めた欅の様な緑色の髪を持つ人の子が見えた。
そして主人の指し示す先には、二人組の人の子がいた。

「主様、この二人は?とても清浄な空気を纏って様に見えますが……巫女の血が?」
「うん。何処かで混じったのだろうね。よく見ているといい。この二人に引き寄せられて……ほら、来た」

心ここに在らず、を体現しているかのような女がいきなり現れる。その女は二人に気付き、緩んだ頬がさらに下がる。
浮かれまくったその姿は、女童に金輪際はしたない姿はすまいと誓わせるほどで。

「主様、この女は…」
「うわ」

眉を顰め、訝しむ兄。女童もまた、頬をひくつかせる。
そんな二人を横目で認めると、主人はくすくす笑い出した。

「そんなに厭わないでやっておくれよ。明日だ。明日、この春の葉色の人の子と知り合う。──そして」

兄妹が同じ角度で首を傾げる。

「うん。それは明日の楽しみにしようか」
「あるじ様あー。教えて下さらないのですかあ?」

膨れた頬を突かれて、女童はさらに頬を膨らませる。
それを楽しそうに見遣ると、主人は薄板を宙に放る。と、それは音も無く消えた。

「あ」
「何でも常陸国の龍は、先ほどの薄板に描かれていた者を知っているらしい。その者は龍の子孫と縁があると言っていたよ」
「縁者だから、あの薄板を欲したのでしょうか」
「そう。しかもあれを無くした人の子は、武蔵国の地龍の愛し子の子孫だそうだ」
「なんと」

主人は楽しそうに笑う。

「常陸国の水龍の子孫と、武蔵国の地龍の愛し子の子孫。因縁がここまで絡み合うなんて、素敵だと思わない?」
「それでは、先ほどの粗忽者も何処かの縁者なのですか?」
「いや。あれは全く無関係なただの人の子だよ」
「それは…」

頭のついていかない兄を横目に、主人はなおも笑う。

「ただの人の子なんだけどね、あれは見ていると楽しいんだよ。
一人で自己完結しているくせに、他人の喜びすらをも自分の糧にしていてね。まるで」

巫女の血を引く二人の前で、粗忽者と呼ばれた女が破顔する。
主人は、水鏡に映し出された女に手を伸ばし──次の瞬間、女は淡い光に包まれた。

「まるで、人の喜びを糧にする、私に似ていると思ってね」

我が主は、人間が感じる享楽と笑いを糧とする一柱。但し、糧を求める様は些か強引すぎる嫌いがあって。

「それはようございました」

兄は相槌にひっそりと溜息を載せた。その身を粉にして享楽と笑いを提供し続けることが、今ここに定められた女に幾許かの憐憫と激励を込めて。

大丈夫。その献身をもお前自身の喜びに感じられるよう、お前には我が主の加護が与えられた。

"考えるな。感じろ。"

それがこれからのお前の使命だ。

いいなと思ったら応援しよう!