壊れた時計

第一章 夢から現実
頬を優しく風が撫でるように吹き抜けて行く
何処までも広がる高原
澄み切った青い空
遥か向こうには、佇むように真っ白い中型犬が、自分の名前をよばれるのを今か今かと待っている

あ〜
何時もの夢の中か•••
ポツリと呟き、犬が待つ方へ歩みを寄せる

大きく深呼吸をして、精一杯の声でアオ!と、呼ぶ

犬は、ピンと耳を立て、尻尾をちぎれんばかりに振り、こちらに目掛けて一目散に走ってくる

毎日見る同じ夢だけが、唯一の癒やしの瞬間だ。
このまま目覚めなければ、ここにずっと居られるのに。
そんな思いを遮るように、アオは顔を一舐めしてくる

アハハ!
くすぐったいよ!分かった遊ぼう!

今、この時を精一杯遊ぶ。

しかし、無情にも目覚ましの音に引きづられ、現実世界へと引き戻された

毎朝来る憂鬱な朝
「学校••行きたくないな••」
布団の中で、モゾモゾ動きながら、ゆっくりと支度をする。

今日は、母の機嫌が良いのか?
朝から揚げ物の音と、台所からいい匂いがする。
顔を洗い、制服に袖を通し、母の居る台所ヘ•••

「おはよう〜今日は、朝からエビフライでも揚げてるの?」

母は、怪訝そうにチラッと、こちらを振り返り
「朝からフライなんて揚げてないわよ!雨が降ってるから、さっさと食べて学校行きなさい!」

と、焼いたばかりの玉子焼きを、既に置かれていた味噌汁とご飯の横に置く。

学校ヘ行きたくないと言えば、また父に給食費やお金が掛かってるいるのに勿体無い!
行かさないお前が悪いと殴られるのは目に見えていた。

ただ、こちらも行きたくない理由は勿論あるが、とても両親には言えない。

もそもそと、用意された朝食を食べ、いってらっしゃーいと言う母に、見送られながら家を出る。

暫くしたら、母は仕事の為この後家を出るから、夜まで帰ってこない。

仕事に出たタイミングを見計らって家に帰ろう。
学校途中にある無人神社の裏側で、時間が来るのをひたすら待つ。

そろそろ、8時かぁ•••
ゆっくり家に帰ろう
もと来た道を辿って、雨の中傘をさして歩く。
正面から、ワァー!遅刻する!と、慌ただしく走ってくる二人の男子。

一瞬体が凍り付く。同じクラスの同級生だ。
傘で顔を隠しながら、静かに横を通ろうとした瞬間、左横腹に強い衝撃と、足元がふらついて、神社の石畳に体当たりする

何が起こったか分からない衝撃と激痛に顔を歪め、左横腹に手を当て小さくウゥと、うめき声を漏らした

一人の男子郡君が、笑いながら大谷ちゃん!女子には、手をあげない主義じゃなかったのか?!
見事な蹴りを食らわせたね~と、爆笑している

大谷は、鼻で笑いながら
「ずる休みするやつは、嫌いだし、こいつを女とも思ってない!」

大谷ちゃんそんな事より、早く行かないと遅刻するよ!と、大谷を急かして、その場を去る後ろ姿を横目でチラッと見ながら、スカートに着いた泥の足跡を、ランドセルからウェットティッシュを取り出し払う

どうせ、学校に行っても教師も見て見ぬふり、みんなから馬鹿にされたり、消しゴムを切ったのを投げられたりされるだけだ。
なら、行かない方がマシ。

家に着き、母が仕事に出かけてる事を確認してから家に入る。

学校から電話が掛かってくるはずだ。

何時ものように、受話器にタオルを当て、親の声真似で何とか誤魔化す。

憂鬱な学校生活。
家でも、自営業だから店頭販売する商品の仕込みの手伝いを、長女だからと言う理由で遊びに行く事も許されず、強制でさせられる

弟は、将来両親の面倒を見ると言う名目付きで、遊びに行く事も許され、ほとんど手伝いをしない

男女でなんでこうも違うのか。
本当に嫌になって来る。

第二章 毒親

それでも、家に父が居ない時は平和だった。
父が家に居ると、子供部屋で弟と遊んでる最中、わざわざ子供部屋の前で長電話をしながら、相手を待たせてから、声がうるさいと殴る蹴るの暴行。

それを何度も電話の最中に繰り返す
電話が終われば、気が済むまで殴られ続ける

弟は、要領よく父のお気に入りだから、殴られる事はほとんどない

父が昼寝の最中に、横を通る時には足音がうるさい!
夏は、自分が応援してる野球チー厶が負けた!と、イライラしながら、家族4人で四角い机を囲み、食事の最中私を横に座らせ、食べるのが汚い!遅いと、何時でも殴れる範囲に座らせる。

殴られながら、おまえにいくら掛けて育てたと思ってる?!
生まれ来た事が間違いだから、仕事の仕込みを手伝って、親の役に立て!

生きてるだけで、親不幸のお前に教えてやるよ
死ぬまでに、自分の葬式代くらいは、小学生だからな!
お年玉でも、小遣いでも貯めて用意する心構えしとけよ!
それが、親に出来るお前の親孝行だよ!

学校で、九九の勉強が始まる前に、先に親の希望で、塾に入れられた

第三章 見世物小屋

学校で九九の勉強が始まる頃、一足早く塾にて、九九の勉強をさせられていた。
ある日、父が珍しく機嫌よく話掛けてくる
「1×1から始めてるのは、普通の事。だから、九×九から逆からスラスラ言えないとダメだから、お母さんと練習しなさい」

また、どうでも良い父の自慢に付き合わされるのだろうか。
しかし、やらなければ殴られる。

そして、ようやく逆から言える頃、父のお客様が家に来る度、お客様の前に座り、挨拶をして逆九九を披露する場を設けられる。

上手く言えなかったら、お客様が帰った後で殴られ、上手く言えたらお小遣い稼ぎになった

機嫌を損ねないよう、何時もは寝ろ!と言われる時間に、お客様がいらしゃる時は、眠い目を擦って顔を洗い、シッカリ起きて役目を果たした

眠そうにしていたら、殴られるよ!て、母に裏で叱られ、またそんな顔をして出ようモノなら、後から殴られる

母は、自分が殴られ無いようにする事にも必死だったかもしれないが、庇うと言う事は、ほとんどしてくれなかった
殴れる事は、自分が悪くて、自分の殴れる種をまき、その芽を刈り取っただけの話なんだろうか。

逆九九読み披露は、暫く姿を見なかった父の旧友が、娘を見世物小屋みたいな扱いして、何がしたいの?
と、言う1言で幕を下ろす事になる。

第四章 おまじない

学校では、占いやおまじないが流行っていた。
月刊誌や女の子が好きそうな漫画に載っていたり、新しいおまじないが出ると、仲良しグループでは、キャアキャアと騒いで話に花を咲かせる。

おまじないより、図書館で借りた本を静かに読み、誰と関わるではなく、本を読む時間は、毎日見るあの夢の中に居る時と同じように、有意義なモノだった

ある日、誰かが忘れた魔術本みたいなのを見つけて、おまじない類には興味は無かったが、コレで日頃のモヤモヤが晴れるならと、軽い気持ちで実行してみた。

用意するモノも、簡単で難しくもない。

毎日輪ゴムを飛ばしてきたり、靴を隠す。
蹴られたり、私物を壊してきたり、足を引っ掛けられたりする輩への復讐心が無かったか?と、言われたら嘘になるが、気晴らし程度には丁度よかった。

しかし、おまじないの実行を続けて半年後、イジメ主犯格を始めリーダー達が、謎の病に倒れ大学病院に入院等の騒動が起き、奇妙がられて今度は無視をするようになった

何はともあれ、痛い思いをもうしなくて済むと思ったら、少し気持ちも晴れた。

第五章 父親

学校でのイジメは、少し収まったが、入院説は私のせいだと言われ続けていた

先生達は、流石に信用してなかったが、同級生達は難癖付けたいのか、本当に信じていたのか、頼むから呪わないでくれ〜と、言う人も出てきた。

本当におめでたい。
呪いなど、術者じゃない限り、普通に生活してる子供には出来ない事なのに。

家では相変わらずの毎日
そして、父親に女が出来たかもと、母と母方の祖母が話をしているのを聞いた

母が泣き、祖母は怒っていた。
この駄目親父が居なければ、母も私も平和に生きられるのか•••

そんな考えが頭を横切る。
深夜みんなが寝静まるのを確認して、そぉ~と、静かに台所から包丁を持ち出す。

イビキをかいて寝てる父の枕元に立つ

子供の力でも、寝首位はかけるだろうか。
怖い•••
でも、みんなの平和の為に、やらなければ•••

カタカタ奮える手をどうにか止めようとした時、ふと隣で寝ていた母が起き、静かに手から包丁を取り、別室に連れて言ってから、泣きながら

あなたが、殺人を犯したら、この町で住めなくなる!
お母さんだけでは、仕事も住む家も用意出来ず、あんな人でも居ないと生活が出来無い!と、訴え泣き崩れる母を見て、どちらにしても、間違った事をしようとした事には変わりなく、迷惑をまた掛けたと言う認識しか無かった。

第六章 夢の中へ

現実離れする為にも、毎日毎日同じ夢を見続けてる

夢の中までは、誰も追ってこれないから眠るのは好きだ。

何処までも続く草原。
白い中型犬アオと遊ぶ毎日。

隣で座る犬の背中を撫でながら
このまま夢が覚めなければいいのに•••
ポツリと呟いた

寂しいそうに見つめるアオに気が付き、アオの背中を優しく撫でる

どうした•••と、言いかけた所で、急にアオは立ち上がり、全速力で駆け出し、ふとこちらに振り向くと、悲しそうな声で、クゥーンと鳴いた。
まるで、お別れの挨拶のように••

後を追いかけようとしたが、アオの強い意志とこれ以上来ては駄目だ!と、言う意志を感じて、歩みを止める。

そうか•••
もう、お別れで会えないんだね•••
そう、言葉にした時に、頬をツーと涙が流れ出る。
夢の中とは言え、こんなに別れが辛いなんて•••

グッと涙を堪え、力一杯叫んだ

今までありがとう!
また、現実でもアオ!お前を探すよ!
何度でも、出会おう

アオは、それに答えるように、オォォォンと、高い遠声で鳴いた

第七章 壊れた時計

ふと、名前を呼ぶ声に惹かれゆっくりと目を覚ます
そこは、見慣れた自分の部屋ではなく、白く高い天井
かろうじて、動かせれるのは、少し首を傾けて、目だけで今の状況を確認する
点滴や沢山のコードのようなモノに繋がれた体

そして、自分の手を握り泣く母を見て、掠れた声で絞り出すように、話掛けた
「こ••こ•••は?」

祖母が、母の代わりに先生を呼んだりしてくれてる間、ひたすら泣く母を黙って見ていた

落ち着いた所で、状況を説明して貰った
どうやら私は、父から暴力を受け、頭を打ち、2ヶ月の間眠っていたらしい

脳に異常は無いものの、精神的なものなのか、目を覚まさない私を母は、付ききりで介護をしてくれたらしい

これを期に、父とは離婚。
これからは、母方の祖母の家で暫くお世話になるようだ
眠っていた間に見たモノは、全て夢だったのか?
または、現実だったのかは分からない

そして、退院祝に何がほしい?と、祖母に聞かれて、白い犬がほしいと言ったら、私が目覚めた日に白い子犬が、祖母宅に迷い込んで、飼い主を探したが見つからず、そのまま飼う話になっていたそうだ。
名前は、私が付けて良いと言われたので、アオと名前を付けた。

壊れた時計が、息を吹返したように、私のこれからの時を刻み出す•••

病室のベッドの上から、窓の外に目をやると、満開の桜と優しいそよ風が頬を撫で、舞い込んで来た桜の花びらを見て、そっと微笑んだ。
























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