父性(エッセイ)2

小学生の頃の父は、社交性があった。
なんでも、笑顔で引き受けていた。
田舎町では、たくさんの行事があった。町内や海辺のゴミ拾いや草むしりに、配管の確認作業。婦人会。誰かが亡くなると公民館で葬儀が行われるため準備や手伝いに行くこともある。

夏祭りの準備から片付け、クリスマス会や左義長があった。町の子供は多かったから、子供たちで集まる行事は好きだった。
父は、力仕事をしているから、他の人が持てない荷物を持ったり、誰も捻ることのできなかった錆びた蛇口を捻ることができたりと、なかなか活躍していた。
そんな父を町の人はみんなすごいと言った。私はそんな父を自慢に思った。
父は、特におばあちゃん世代に好かれていて、よく畑でできた野菜をもらってきた。

母も好かれていたと思う。もともと社交性がある人だ。PTAを引き受けながら、婦人会には必ず参加したし月に一度ある町内の集金係もしていた。子供たちが集まる行事などは母が手伝いをしていたし、葬儀にはできる限り参加していた。

行事はせっかくの仕事休みが潰れるし、お金もかなり飛んでいく。人と関わるのが得意な人であっても、結構しんどいものだったらしい。
が、父は友達がいなかったから、楽しそうにしていた。私が見ている限り、この頃の父は輝いていた。

小学生の頃、何度か家族旅行に行った。
父が車を運転して助手席に母が座る。私と弟は後部座席だ。父は運転を苦にするタイプではなかった。父は酒がなければおとなしいから、安全運転だった。
しかし、旅行先ではいつも不機嫌になった。
飲食店では、店員さんが近くにいるのに、「おいしくない」と言って残す。母が私たちを置いてどこかに行ったときは「なんで俺がガキどもの面倒を見なきゃいけないんだ」とぐちぐち言っていた。
私たちが旅行に行く場所は、子供向けのお土産が少なかった。けれど、どこのお土産屋さんにもキティちゃんのご当地キーホルダーや名前付きのハンコがあった。
私は父におねだりをして買ってもらう。こういうことは父のほうが頼みやすかった。
父は頻繁に私が猫のぬいぐるみが気に入っているか尋ねた。私の部屋は父や祖父などが買ってくれたぬいぐるみでいっぱいで、一つ一つに名前をつけて平等に可愛がっていた。だから、猫のぬいぐるみも気に入っていた。
それを伝えると父は満足したようだった。

私と弟は、以前は父にお菓子を買ってもらっていた。しかし、旅行に行かなくなって、母の仕事が忙しくなってから、お菓子は自分で買いなさいと言った。パチンコの景品のお菓子を食べていた。

私は鍵っ子だった。
小学生四年生の遠足の日、生まれて初めて自分でお弁当を作った。ほとんど冷凍食品で、焼けこげた卵焼きもどきと、ウインナーが入っていた。食材は余り物だった。
お菓子は、母が毎日置いていくようになった1000円(私と弟の分)でお菓子を買った。

周りに浮くことなくそつなく遠足を終わらせた。家についた。鍵がない。家に忘れたまま遠足に行ってしまった。
弟は遊びに行っていて帰ってこない。
私はしばらく玄関前の駐車場に座って、父を待った。こういうドジをした時、私を叱るのはたいてい母だった。母は、その後の対策も考える人だったから、学んだって気分になった。
だから、仕事を終えて帰ってきた父が、私に怒鳴るなんて思ってもいなかった。父は子供のしつけというか育て方を知らなかったのだ。だから、子供を叱ることができない。喧嘩をした大人相手に怒っているみたいな怒鳴り方だった。
弟が、まあ、ドンマイ。と私に向かって変顔をして笑わせてきた。少し馬鹿にされていると分かっていたけれど嬉しかった。

ある日の父がきまぐれに自転車を買ってきた。補助輪付きの小さな真っ赤な自転車で、アンパンマンの絵が入っていた。弟が乗るには大きくて、私が乗るにはちょっと小さかった。
私が乗ることになった。

友達はみんな補助輪なしの自転車を持っていた。一輪車やスケートボードを持っていた。羨ましかった。私は自転車に興奮していて、みんなに馬鹿にされてもその小さい子供が乗るような自転車に乗ってちょっと離れた町の友達とかスーパーに行った。

クラスの男の子に洗顔というのを教えてもらった。お肌がピカピカになるらしい。
父にねだろうと思った。けれど、洗顔が欲しいっていう勇気がなかった。古本やおもちゃはねだれるのに、洗顔はなぜねだれないのかわからなかった。

父がお酒を買いに行くというからついていった。洗顔は安いもので400円くらいだった。私は、ガチャガチャがしたいから500円がほしいとねだった。父はお酒を飲みながら運転をしていた。機嫌が良かった。

500円を手にスーパーの洗顔コーナーに行った。洗顔を買うことに抵抗はないが、父に買ったことを知られなくなかった。
私はガチャガチャをして、欲しくないキーホルダーや小さいフィギュアを持って帰った。弟にあげた。弟はとても喜んでいて、部屋に飾っていた。





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