パーフェクトな文章を書けなくてはライターになれない? 私をライターにしたADHDという武器。
ライターというからには、文章力が抜群で文法のミスや誤字脱字もなくパーフェクトな文章を書かなくてはならないと思われがちです。
しかし、お気づきの方もおられるでしょうが、ライターであるにも係わらず、私の文章は誤字脱字が多く、文法ミスも見受けられ、構成もイマイチです。最近、わかったことですが、私にはADHDの傾向があります。普通に考えるとライターなんて向いていないと考えるのが妥当でしょう。
それでも、私はなんとか仕事を得、それなりにステップアップを続け、いまもライターとして活動しています。また、プライベートでは結婚して家族を持ち、正直ギリギリです生きています。
ここでは、ADHDで、間違いだらけ、まともな文章がかけない「ライター失格な私」がなぜやってこれたのか?ということをお伝えします。
ライターの仕事とは「書くこと?」
読んでおられる方の中にはライターになりたいけど文章力がないからなれない、私のようにADHDだから無理……と、あきらめている方もおられるかもしれません。
確かに誤字脱字なくビシっと原稿を仕上げるライターが大方で、そうした人が求められやすい傾向はありますが、私のように文法のミスや誤字脱字が多いにもかかわらず、それなりに食っていけているライターもけっこう存在します。
なぜかというと、ライターの仕事は、純粋に書くことだけはなく、種々雑多な作業と人並み外れた熱量と行動力が求められる仕事だからです。
「書くこと」以外の複合的な作業とはどんなことかというと、取材や執筆のためのリサーチやアポ入れなどの準備、効率的に本質や本音を引き出す取材、執筆後の入稿フォーマットに従った納品ファイルの整理などです。これらは、手間と膨大なエネルギーを必要とする仕事です。正直、案の定、こうした作業のなかでも、私はケアレスミスを起こしてるわけですが、勢いで乗り切ります。
そして、ここからが重要なのが、熱量と行動力です。例えば、取材時にインタビューが不十分な場合、「これ以上、話すことはない」「話す時間が無い」という相手に対して、熱量をもって関わり、歩きながらでも価値ある情報を引き出すこと。手がかりがなくても、取材の現場にいってみる、とりあえず動いてみる、という行動力です。
まずは、現場、取材対象にアクセス
先日、私は、若者の薬物汚染についてネットで調べてたのですが、情報がつかめなかったので、思い切って地元の大阪府警に足を運びました。記者クラブに出入りしているならともかく、一介のフリーライターを相手してくれるのか不安ではありましたが、受付の方が広報室に取り次いで頂き、担当者とお話しできたのです。期待した情報は得られませんでしたが丁寧に対応いただいたのに驚きました。
ダメ元でも現場へネタをひらいにいく。手がかりがなくても足でかせぐ。そうした資質がライターには不可欠なのです。
取材によっては街を歩く、見知らぬお店に尋ねたり人に声をかけて、取材することもあります。セールスと思われて気にとめてもらえないことも多いので、一般的な感覚であれば凹んでしまうかもしれません。
しかし、そんなことに気にかけていては情報はあつまりません。積極的にさまざまな人に声をかけ、コミュニケーションをとらなくてはなりません。そういう意味では、コミュ力、言い方を変えれば「空気を読まない強さ」が必要とされる仕事でもあるのです。
ライターとは「飛び道具」である
フリーのライターとして仕事するとき、仕事で組むのは出版社、あるいは編集プロダクションの編集者です。ライターはミッションを持って取材先や取材相手の心に飛び込み、感じ、オリジナルな発想力をもって原稿を仕上げ、編集者に託す。編集者はそれを受け止めて編集し、校正する。その関係は刑事と刑事長、あるいは選手と監督のような関係であり、ライターという存在は編集者にとっては「飛び道具」のような存在であるべきです。
また、オリジナルな発想で取材をし、記事を構成する力も大切です。インタビューの際も「面白い視点の質問ですね」「その事に気がついたのは君が初めてだよ」といわれたらこっちのものです。そうした段階になるまでは、取材対象者に反対意見を述べたり、時には衝突する必要もあります。そうしたのちに、自分にしか引き出せない情報を得ることがライターとしての実力なのです。
注意しておきたのは、文章の誤りが誤字脱字は無い方がいいに決まっているということです。入稿前のチェックなど、私自身もそれがなくなるように努力はしています。誤字脱字は許せないという編集者ももちろんいて、いや、大多数でしょうが、それを超えた価値を提示できた、あるいは価値を共有できた編集者から仕事を頂いてきたのだと思います。
ADHD傾向という武器
私がライターという仕事が合っていた、もう一つ大きなポイントがあります。それは、私には不注意、多動性、衝動性が強い「ADHD」という発達障害の傾向があったということです。
子どもの頃、通信簿に「忘れ物が多いやれば出来る、落ち着きがない」と書かれ、先生に「忘れものの王様」と呼ばれました。大人になってもその傾向は変わらず、忘れ物は多く、ケアレスミスは絶えず、部屋の鍵を毎月なくすという始末でした。
近年、発達障害やADHDが取り沙汰され、そうした話題にふれるたびに「ひょっとして」と思い当たる節があり、近くのクリニックで診断テストを受診。5回ほどのテストを経て、先週にADHDと診断されたのです
先生のレジメには「IQは平均より高め、特に言語理解は高い数値となったが、作動記憶が低くアンバランスが大きい。ADHDの傾向あり」と記されていました。
いいわけではありませんが、私の文章に誤字脱字が多いのも、そうしたためです。一方で、私はADHDの傾向によって助けられた部分が沢山あります。なんの訓練もせず、書けるという根拠もなくライター、それもフリーのライターになろうと思ったのはADHD的な衝動性からに他なりません。さらに取材対象のアーティストのサポートのために海外へに出かけたり、突然、FM局のDJになったり、そうした傾向によって飛び道具としての私の強みが磨かれていったわけです。
「ふんわりとライターになった」と前に書いたのですが、ディメリットであるADHD傾向は実はライターとしての武器であり、ADHD傾向が私をライターにしたといっても過言ではありません。文章力がないから、誤字脱字が多いから……とあきらめている方、まずは熱量と行動力、発想力に注力すべきです。文章力は、後に根気よく鍛錬し、徐々に身につけていけばいいのです。
ADHD:注意欠陥多動性障害とも呼ばれ、不注意(集中力がない・気が散りやすい)、多動性(じっとしていられない・落ち着きがない)、衝動性 (順番を待てない・考える前に実行してしまう)の3つの要素がみられる発達障害のひとつです。