狂気日記 〜inインドver7〜
これは日本を出発して幾分かの出来事を簡単に綴った日記みたいなものです。
パート7、vs詐欺師(inデリー)→インドの富裕層都市グルガオン
(パート6 ラダック絶景編は綺麗な写真を載せたいのでPC環境が整ったらアップします。)
3/28
午前中にレー空港を出てお昼過ぎにはデリー空港に着き、メインバザールの日本人宿に荷物を置きにいった。
シュリーナガル人のいる店に向かう。
いさま出陣。
僕がやることは、可能ならお金を取り返す(ある程度で充分)と店の名前、顔、証明書の写真を抑えることだ。
店前に着くがやはり表には店の名前の記載がない。
ちょっとわくわくしてくる。
この怪しさがあるからお金を払ったのだ。このバトル、帰国間際にしてこの刺激というアトラクション込みでこそ、この金額ほどの価値がある。
もうここまでくるとお互いの正論感をどう展開し相手をねじ伏せるかになる。
店にいたのはシュリーナガルに一緒に行くことはなく、デリーで店番をしていたオマーの従兄弟リヤズ。
リヤズ「よお、フレンド!シュリーナガルはどうだった??よかったろ?」
と言われ早速苛立つが、冷静さを失ってはいけない。
僕「とってもクソみたいな場所だったよ!お前の店の奴らは騙してくるし、空気も湖も汚いし最悪だね!もう二度と行くことはないと思うよ!」
と言いながら相手を座らせた。
僕「あんたらに騙されたんだけどお金返してもらえる?あと証明書もくれ。」
リヤズ「何を言ってるんだ!シュリーナガルで何があったんだ!」
全てオマーから情報が回っていることはバレバレだ。
向こうも知っている今回の流れを簡単に説明し、お金を返すべき理由を述べる。
すると向こうはオマーから聞いていたであろう料金詳細を出し、返すべきお金なんてないと言う。
料金形態がおかしい。追加で請求された。約束と違う、詐欺だ。なんて言ってると証明書を出してきた。
これを待っていた。
証明書の写真を抑える。
案の定聞いていた内容と若干違う。
(空欄だった場所がNilになっている。しっかり確認しなかった自分が悪いが…)
しかも相手が油断していることもあり、何人か分の証明書もペラペラとめくるもんだから動画で数人分の証明書を抑えられた。
店の名前っぽいのが発覚した。
「〜組合に承認されました」とか書いてあるが店の中に証明証が飾られてないので恐らくフェイク。
ラダックの旅行代理店組合の人から
「インドでは旅行代理店組合以外が宿泊や旅行を斡旋するのは犯罪だ。店の名前と住所と顔写真があれば検挙できるかもしれない。仮に組合だったとしても多額すぎるお金を取ると組合メンバーから脱退させられる。」
と聞いていたので(本当かわからないが)これで勝機が見えてきた気がした。
これからの流れとして考えているのは、僕が旅行代理店組合との関係があることを明かさずに、警察を引出にある程度のお金を取り返す。そして、安全が保証されたら組合員に必要なデータを提出しこの詐欺店を潰してもらうという流れだ。
証明書はこっそりポケットにしまった。最初の契約時に渡されていない時点でおかしすぎる。それに気がつかない僕も間抜けだが。
僕「最初にあんたらはアクティビティ代も含めてこの料金だと言っていた。でも証明書には嘘が書いてある。あんたらが騙したんだ、警察に行くぞ」
正直ただのゴネだ。
本来なら証明書を詐欺られた時点で僕の負けなのだ。
証明証が嘘で作られた以上駄々を捏ねて論点をずらして別の切り口からお金を返されるべく口実を作らなければならない。
リヤズ「それはあんたの不注意だ。そんなことは言ってない。」
僕「いや言っていた。あんたらは詐欺師だ。警察のところへ行く。」
旅行代理店組合の話を出さずに警察の話を持ち出す。
リヤズ「わかった。一旦座れ。」
流石に警察に行かれるとまずいらしい。(デリーの警察はしっかり働いてくれるかなんて僕は知らない。)
僕「約束だと15日。僕はたった6日しか泊まっていない。残り9日分の費用を返せ。」
ここでもくもくと計算が始まる。
最小の損失で警察沙汰を逃れるつもりらしい。
最初に提示してきたのは
デリ→シュリーナガル 13000円
デリ→ムンバイ 22000円
ホームステイ(6日) 30000円
観光 12500円
よって返金額は2500円
少なすぎる。
でもまあ後々身の安全が確保されたら警察沙汰にするし、金額はそんなに気にしてない。ギターにションベンもかけてやったし。とは思いつつもいちゃもんを付けたくて仕方なくなる。
僕は
デリ→シュリーナガル 13000円
デリ→ムンバイ 22000円
ホームステイ(6日) 19000円
観光 5000円
よって21000円返す義務がある。
とゴネ始めた。
相手がまともなビジネスをやっている感覚があるならこれでも甘めだと思っていた。
ここから当たり前のように交渉が始まる。例えそれがいちゃもんであっても。ここはインドなのだ。
相手もなかなか譲らなかった。
イライラしたフリをして、途中思いっきりドアを開けて外に出て行った。
その辺にいたインド人らに「ここのシュリーナガル人はイカれてるぜ」と煽って行くと1人の屈強なインド人が「俺に任せろ」と着いてきた。それに続き
数人が仲裁に入ろうと入店。インド人は仲裁に入るのが好きらしい。
彼が本当に仲裁者なのか正直分からなかった。しかし、1:1で急にナイフを出されたりするよりはマシな気がした。
お互いにその屈強なインドに言葉をぶつけ始める。
お互いに値を譲らない。
途中でめんどくさくなってもう帰ろうかとも思ったがどうせそれもインド人ならではの作戦だろう。
それか増援のシュリーナガル人がくるのを待っているのだろう。
早くしなければと思いつつもどうしようもない。値は下がるが一つ一つの参考価格をネットから引っ張ってくることにした。
デリ→シュリーナガル 13000円
デリ→ムンバイ 22000円
ホームステイ(6日) 19000円
この上3つの数字は確定した。
ホームステイ代をうまく勝ち取った。
「あの家はボロいし料理も美味くないし一泊5000円近くの価値なんてねえよ。飯付きホテルの料金にプラス数百円くらいにしてやるよ特別。」と言っていたら通ってしまった笑
あとは謎の 観光 とやらの料金がどうなるか次第だ。
最初は観光代が謎に一万円請求された。これはタクシー代を参照にした料金らしい。
「はあ?運転もホームステイ代に込みって言ってただろ(本当に言ってた)」と言ったが証明書が書き換えられている以上厳しかった。
それなら相手の提示額からある程度値引きできればいいやと思い「僕がまともに観光したのは2日だけだし、タクシー代なら6000円くらいっしょ」
というとネットで参照された金額は8000円だったので「じゃあいいよそれで」と適当に答えた。
心の中ではラッキーと思っている。
屈強なインド人が出した結果は
デリ→シュリーナガル 13000円
デリ→ムンバイ 22000円
ホームステイ(6日) 19000円
観光 8000円
キャッシュバックは18000円。
やったぜ!
実際シュリーナガルを観光できたし、湖の上で過ごせたし、ギターにしょんべんかけれたし、脅されたり恐怖体験もできたし、ムンバイに飛べたし、帰国間際にインド人とバトルができるという豪華セットなんて80000円の価値はあってもいいかなと感じていた。
結果的にインド人に一泡吹かせられたという事実に加え、18000円キャッシュバックされたのだ。
もう満足だ。
あとは報復される前に逃げるだけ。
金額が確定してから渡されるまでも一苦労だった。
「この金額を受け取ると同時にこの争いは終わりとする」という誓約書を書かされた。(相手が言った言葉を違和感がない限りそのまま書き起こす)
後に電話を掛けられても嫌なので電話番号は下四桁を適当に書き、住所は番地を入れなかったがバレなかった。
この紙と引き換えに屈強なインド人経由でお金が渡された。
これにて「僕の」ターンは満足のいく結果で終了。
この戦いとあなた方が旅行代理店の資格なしで旅行斡旋をしているという事実はまた別の話だ。
「僕の身の安全が確保されたら警察との戦い頑張ってください。証拠は渡しておきますので!」
と心に思いながら帰ろうとすると
リヤズや屈強なインド人、その周りにいた人達が「チャイを飲みに行かないか?」と誘ってくる。
絶対に行きたくない。
一刻も早くここを離れたい。
「帰る」というと
リヤズ「なあ、もう戦いは終わったんだ。解決したという証を見せてくれ。それともまだ疑っているのか?」
結構やばい匂いがしてきた。
リヤズ「どうしてバッグを持っていない?ホテルはどこなんだ?いつ日本に帰るんだ?」
と聞かれる。
今後の動きを把握してどこかで巻き返しにくるつもりだろう。
僕は適当に嘘を並べた。
「ホテルは〜〜だ(グーグルマップでたまたま見つけた場所)。日本行きの航空券はすでに逃したから明日明後日で作る。だから帰るのは4月頭くらいかな。それまではデリのこの辺にいる。」
本当は日本人宿におり、明後日帰国。
しかしここに数日いるフリをして、いつでも捕まえられるぞ感を出しておけば、明日の早朝にこの付近から逃げられる。
すると
リヤズ「もう僕らは友達だ。明日また挨拶させてくれ。そして明日の晩は無料でいいからうちに泊まりにきてくれ。一緒に遊ぼう」
と言う。
絶対に嫌だ。
だが、この雰囲気だと明日の朝は警戒してない。逃げられそうだ。
こんなに面白いネタがインドでたくさん作れたのに帰れなくなるなんてことはあってはならない。
ホテルまで付けられなければいける!
僕「おっけーおっけー」
と言いながら精一杯の笑顔で別れた。
後ろを警戒しながら人混みの中に入り宿まで急ぎ足で帰る。
結果追われずに帰ることができた。
ホテルに帰った瞬間に明日の早朝に逃げるためにチェックアウトを済ませておき、取り返したお金は日本円に換金しておいた。
一年の流れを日本人宿で同じ部屋だった人に話すと「トラブル続きで羨ましい!ようで羨ましくない!」と笑われた。
3/29
朝6時に起きる。
荷物をまとめ早速出発。
メトロを使いグルガオンというデリーの中の富裕層が住む近代都市に行く。
朝無事にメトロに乗ることができ危険地帯離れることができた。
ざまあと心の中で思いっきり叫んでやった。
しかしグルガオンについた辺りで昨晩急にできたいぼ痔の痛みが最高潮に達する。
歩けない。
痛すぎる。
観光とかできず、スタバに3時間ほど閉じこもり、また電車に乗って空港に近めのホテルへとそそくさと移動した。
もう本当に痛い。
日本に帰ったら手術が必要なレベルだろうか。
しかしなんでまた急に…
結局動くことができず、昼過ぎからずっと横になっていたままこれを書いている。
ぼちぼちやっていきます...!