俺の家に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた。
俺の家に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた。
「なあ、四六時中見張られてどんな気分よ?」
「…………」
聖火は何も答えない。まったくお高く止まった奴だ。
「お前さ、世界中から狙われてるんだぜ。自覚を持てよ」
「…………」
聖火の野郎は泰然と炎を揺らめかせる。
その姿が気取った女のように見えて俺はひどく苛ついた。
俺の仕事はこいつを自宅で保護、監視することだ。
東京五輪の無期限の延期が決定されて幾霜月、ロックダウンにより外界と隔絶されたこの首都は、いわゆる無法地帯と化していた。
哀れな都民たちは残り少ない物資を求めて日夜血で血を洗う争いに明け暮れていた。
だが俺はそんな人々の苦難を尻目に自室で聖火と二人(?)きり、悠々と余裕のある生活を送っていた。
時には程良く焼けた和牛のステーキに齧りつきながら。
もちろん火元は聖火だ。程よい火加減でいい感じの歯応えに仕上がっている。
東京都から多額の報酬を得て請け負った仕事だ。対価はそれなりのものだ。部屋の隅にうず高く積み上がっている和牛引換券の山がそれを証明している。
「お前も食うか?」
「…………」
また無視。これで通算56,345回目のシカト。
その時、部屋中に甲高く耳障りなサイレンの音が鳴り響いた。
俺は咄嗟に立ち上がり、部屋の一角を占拠するモニター群に目を向ける。
そこに映っていたのは庭への侵入者。真っ黒な装束で身をつつみ、刀を背負った者が腕をまったく動かさない独特なフォームで庭を駆けていた。
忍者だ。伊賀か甲賀かはわからんが。
「う~~ん。この場合だと『砲丸投げ』かな」
俺は一瞬の逡巡の後、素早くコンソールのスイッチを押した。
すると少しの間隙も空けずに俺の家から超高速で鉄球が射出された。
隠密のスペシャリストである忍者といえども超高速鉄球には敵わず、瞬時に帰らぬ人となった。
『聖火を手にした者が東京五輪の開催権を持つ』
混沌の渦に呑み込まれた東京のどの阿呆が口にしたのかは知らない。おそらく最初は単なる与太話だったのだろう。
しかしそんな戯言が噂となり人々の口から口へと伝播する内に、いつしか事実のように認識されるようになった。
聖火の安置所に暴徒の群れが押し寄せるようになったのはそれからすぐのことだった。
オリンピックが開催されれば東京は往時の繁栄を取り戻す。
そう信じる者は多かった。
この狂った世界は人々のオリンピックの認識は単なるスポーツの祭典から衆生を救済する聖なる儀式と変化させた。
東京の一角でただ漫然と燃料をくべられる日々を送っていた聖火はある日、突然その象徴として身柄を狙われる立場になった。
首都臨時政府の面々も流石にこの事態は想定していなかったのか、ただ右往左往とするばかりだった。
そして俺にお鉢が回ってきたのだ。
聖火を狙う者は多種多様だ。なんとしてでもオリンピックの開催を求める暴徒だけでなく、反オリンピックカルティストどももいる。先程のような権力者の密命を受けた伊賀忍者やそれに対抗する甲賀忍者もいる。それだけでなくスジモンのみが出場できる任侠五輪の開催を企て、昔日の日本の極道の興隆を夢見るヤクザ勢力も頻繁に庭に押しかけてくる。あとCIAとかロシアンマフィアとかその他諸々も。
そうした魑魅魍魎共が聖火を目指して俺の家に侵攻を繰り返すようになりもう半年だ。
まあこの庭は半径42.195キロメートルある。この半年で俺の家にまで辿り着いた者は誰ひとりとしていなかった。
この調子でほとぼりが冷めるまで聖火と一緒に和牛漬けの日々を過ごしてやるさ。
だが、突然ズシン!という音と共に地響きが俺の家を襲った。危うく聖火台が倒れるところだった。
慌ててモニターに目をやると画面一杯に映っていたのは……。
日本国内の急激な和牛需要に応えるためにバイオ技術で生み出されたバイオ和牛の成れの果て、グレートバイオ和牛リバイアサン級(全長50メートル)だった。
どこのどいつだか知らないがとんでもない刺客をよこしてきやがった!
つづかない
なんすかこれ↓
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