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鬼母からの脱出!!【2】彼と再会、そして……


久しぶりの彼との再会は、私の心をかき乱した。

ただ、たんたんと生きて何も感じず、ただ朽ちていくだけ……

私の人生は、それでいいと思っていた。

それほど、彼との別れは、心が痛かった。

もう二度と、あんな辛い想いは、したくない。

その彼と再会してしまった。

でも……、

やっぱり私は彼のことがずっと好きだった。


「おまえさ、しんどくないんか?」

「えっ?」

「ずっと、おまえのこと心配やった…」

「え?心配してくれていたの?」

「あたりまえやないか…

あのまま俺と一緒におったら、おまえが大変な目にあうんやないかと思って俺、身引いたわ」

「どういうこと?」

「あの後、おまえの母ちゃんがすごい剣幕で

俺のとこ来て大変やったんやで…」

「え!!」

「あのまま、付き合っていたら、

おまえがもっと辛くなると思って離れたんやけど…

俺もかなりへこんどった…」

「母が、山口君のところに押しかけたの?」

私は、ショックで口がきけなかった。

「なんや、おまえ、知らんかったんか?てっきり納得してるとばかり思ってた」

私は、うどん屋ということも忘れて

その場で声を出して泣いてしまった。

「ひどい!やっぱり鬼だ!!」

「あいかわらず、大変やな。

よっしゃー、おまえ今日仕事終わったら俺んち来いよ。

明日は、土曜だからそのままこっちにおればええんちゃう?」

「今日、帰るって母に言ってきたから…」

「そんなもん、なんとでも言ったらええやん」

「でも…」

鬼の顔が浮かぶ。

このまま別れたら、もう彼とは、会えない気がする。

「行く! 仕事終わったら、連絡するね」

私は、決心した。

今日は帰らない!!



待ち合わせをした場所に彼はもう来ていた。

笑顔で手を振る彼を見て心が躍った。

大阪の下町に彼の家はあった。

「うちのおかんは、ほんま、

あほやからな。びっくりするで」

緊張している私への気遣い。それがとても嬉しかった。

彼のお母さんは、本当にいい人でお母さんってこんなに

優しくて、面白くて、あたたかくて大切な存在なんだということを初めて知った。

私は、彼の家にいる間中、ずっと笑っていた。

「私、こんなに楽しかったの初めて!!」

「こんなとこで良かったら、ほんまいつでも来いや」

「ほんとに?私、山口君のお母さん、大好きだわ」

「そんなん言ったらうちのおかんは、どんだけドヤ顔するかわからんで」

「また、絶対大阪に来る!!」


鬼がいる東京に戻り、いつもの生活が始まった。

でも、私の心は、前とは、違う。

ところが…

母がさぐりを入れてきた

今度こそ絶対に言うまいと決心していた。

「ねえ、いつだったか、なんて言ったかしら?あの関西の人。

あの彼と付き合っていた頃のあなたとなんかだぶるのよね~

もしかして、また誰かとお付き合いしているんじゃない?」

私は、この母親の感の鋭さにびっくりした。

とっさのことに言い訳できなかった。

「なんか、図星みたいね!いい?あなたは人を見る目がないからあんな人を連れてくるの。お母さんが良い人を探すから」

そういうと、上機嫌で独り言を言っている。

「そうね~お医者さんか弁護士、公認会計士も安定してるわね。

お父様に紹介して頂かなくちゃね」

ここで下手に逆らえば反撃をくらってしまう。うるさいので黙っていると、

「あなたは、お母さんの言うことを聞いていれば幸せになれるの。今までだってそうだったでしょう?世間様に恥ずかしくないように育ててきたのはお母さんなんだから。お婿さんも慎重に選らばなくちゃね」

しあわせだった思いが一瞬で深い谷底、奈落に突き落とされた。

そこは、真っ暗で冷たくて誰もいない。

まただ…  

また鬼が、私を苦しめる。

そうだった。

私はしあわせになれないんだった。

何、浮かれていたんだろう。

少しでも、感情をゆすぶってしまったら、あとで何倍にもなって苦しさが増すんだった。

わかってたじゃない。

やっぱり、人間やめるしかないんだ。

でも、でも…

好きでもない人と結婚する。

山口君と会えなくなる。

そう考えたら、抑えきれない感情が後から後から湧いてきて涙が止まらない。

私は、その晩ベッドで声を殺して泣き続けた。


次の日のお昼休み、彼に電話をした。

相変わらず、明るい彼に救われた。

「なあ…なんかあったんやないか?

言ってくれなわからんから…

俺、そんなに頼りないか?」

「違うの…また、山口君に迷惑がかかるから」

「ちょっとまてよ!言いもしないでなんですぐ諦めるんや」

「もう、いいの…」

「俺、すぐに飛んでいきたいけど仕事で無理やから…

そや!俺の知ってるカフェがあるんやけど、おばちゃんが

めっちゃおもろいからそこ行ったらええんちゃうかな」

「カフェ?」

「そうや、コーヒーうまいから、今日にでも仕事帰りに気分転換に行ったらどうや?」

「ありがとう。でも声聞けたし、元気出たからもう大丈夫」

「あかん、あかん!絶対に行けよ!」


電話を終えてから

あんなに一生懸命に勧めるカフェって何があるのかな?

少しだけ興味が湧いてきた。

私は、仕事を早く片付けてカフェに行くことにした。


扉を開けて中に入る。

中から、品の良い独特なミステリアスな雰囲気をまとった婦人が出迎えてくれた。

温かい感じはどこか山口君のお母さんに似ている。

「いらっしゃい。待っていたわよ。さあ、さあ入って…」

「えっ、あ、…山口君が?」

「さあさ、ここに座って。山口君元気にしているの?」

「え、あ、はい、あ、でも……」

しどろもどろの私に優しく微笑んで、

「今日のおすすめはアップルパイよ。」

「アップルパイ大好きです。それとコーヒーをお願いします」

ここに入った瞬間から

感じていた安らぎ。

何とも言えない優しい空気

コーヒーの良い香りが緊張していた心をほどいてくれる。

落ち着いた、なんて居心地の良い空間なんだろう。

山口君が絶対に行けよと言っていた意味がわかった気がした。

統一感のあるシックで落ち着いた店内。

私はすぐにここが気にいった。

まもなく、おばさんがコーヒーとアップルパイを

運んできて目の前の席に座った。

コーヒーをひとくち飲む。

「美味しい!!」

「でしょう?」

「あっ、それ、ドヤ顔っていうんですよね?」

「どーや!私のコーヒーうまいやろ!って感じ?」

「あはは…そうです!そうです!」

「フフ…、そうやって笑って暮らしたいでしょ?」

「えっ?」

「あなたは、昔からお笑いが大好きなんでしょ?」

「…はい。大好きです」

そうだった、忘れていた。

だから、友達に山口君のことを紹介してもらったんだった。

彼といると本当に楽しい。

ばかなこと言い合って、ボケて、つっこんで…

私はお笑いが大好き!!

もちろん、山口君もお笑いが大好きなのだ。

山口君のことを考えたら自然に涙が出てきてしまった。

「ねえ、私は、あなたを見ててとても歯がゆいの。

だって、自分にとって何が一番しあわせか、ちゃんとわかっているのに

なぜ、そこに行こうとしないの?」

「それは、無理なんです。母が許さないんです…」


「お母さんは、関係ないわよ。だって、あなたの人生なのよ」

「母が怖いんです」

「あなたのお母さんは、自分の価値観であなたを縛っている。あなたは、エリートやお金持ちには全く興味がない人よね」

「母は、エリートと呼ばれている人と結婚すればしあわせになれると思っているんです」

「あなたは、山口君と一緒にいたいんでしょ?」

「それが出来たらどんなに幸せかわかりません」

「あなたは、お母さんの何?お母さんの所有物なの?お母さんのためだけに生きているの?」

「私は、小さい頃から母の機嫌だけを見て生きてきたんです。逆らったら、結局、自分が辛くなるだけだから…」

おばさんは、優しく次の言葉を促した。

「母は本当に、面倒くさい人なんです。もし年を取り介護が必要になったら、娘なんだから親の面倒を看るのは当然だと思ってる。もし介護を断ったら極悪非道のように私を罵ると思います。そういう人です。」

「あなたは、もしお母さんがナイフであなたを切り刻んでも、逃げずに切られ続けるの?死ぬまで切られ続けるの?でも、その場合は逃げるでしょう?同じなのよ!身体を傷つけられるのと心を傷つけられるのは同じってこと。心の傷も同じように致命傷になってるのよ」

「考えたこともなかったです」

「あのね、こんな話しがあるの。

鎖で繋がれてる子象がいたの

小さいから小さい杭で繋がれていたの。

子象が成長して大きな像になったの。

それでも、杭は、子象のときのまま…

ね、考えたらわかるでしょう?

おもいっきり鎖を引っ張れば杭は抜けるのよ!

だって、もうりっぱな象になってるんだから。

でも、抜けないと思い込んでいる。

思い込んでるだけなのよ!

今のあなたは、その象といっしょ。

こっけいだと思わない?」

「逆らえないと思い込んでいるだけだってことですか?」

「そう、今の境遇をかえるのよ!それを変えられるのは、誰にもできない。あなたにしかできないのよ!」

心の奥がキリリと痛んだ。

私に出来るのだろうか?

【3】につづく



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