紫陽花の季節、君はいない 86
2024年初夏。
俺はGW勤務の代休で、仕事に行った柊司とあおいさんからひなたを預かっていた。
俺が休みと知って、ひなたは保育園より俺と遊びたいと言ったのだ。
柊司が作りおきしていった昼ごはんを食べさせて、ひなたはこれから昼寝の時間である。
「なごしクン、えほんよんで!」
ひなたはお姫様が出てくる絵本を持ってきた。
もう何度も読んでいるけど、飽きる様子はない。
床に小さな布団を敷いて、ひなたをそこに寝かせた。
俺は隣に寝そべり、絵本を一通り読んであげた。
しかし、ひなたは眠る気配はまったくない。
「なごしクン、ひなたねー、なごしクンだいすき~。
ひなた、なごしクンのおよめさんになる~。」
絵本に触発されたのだろうか、ひなたが無邪気に求婚してきた。
「ひなたちゃん、ごめん。
俺はひなたちゃんのことは大好きだけど、俺には恋人がいるからひなたちゃんをお嫁さんにはもらえないんだ。」
いくら幼いとはいえ、誤魔化すことはしたくなかった。
「『こいびと』ってなあに?おひめさま?」
ひなたがきょとんとしている。
「そうだね、俺にとってはお姫様かな。」
「ひなたもあってみたい!」
俺は「俺も会いたい」と呟いていた。
「あえないの?」とひなたが聞き返した。
「彼女はね、八幡宮っていう神社の紫陽花の精霊でね…、神社から出ると消えちゃうことになっていたんだ。
彼女は俺と生きるために、人間に生まれ変わることを選んだんだ。
でもね、それは精霊として死んでしまうということでね…。
今はどこにいるのか、分からないんだ。」
言葉にすると、無性に悲しくなってきた。
「じゃあ、なごしクンはおうじさまだから、おひめさまをむかえにいかないとだね。」
ひなたは頬を赤くして言った。
俺は思わず笑ってしまった。
何で今まで気付かなかったんだろう。
「そうだね、探しに行けば良いんだ。
ひなたちゃん、教えてくれてありがとう。」
読んで下さり、ありがとうございます。いただいたサポートは、絵を描く画材に使わせていただきます。